サイクリスト。猫好き。アート好き。パン好き。カフェ好き。寺好き。旅好き。
尾道Onomichiを好んで訪れる人は、このうちのどれか、またはすべてを満たしているのかもしれない。私はサイクリストでも猫好きでもないが、幅広い定義としてのアート好きであることは間違いない。だから、国内でもトップクラスで「文句無しに好きな町」なのである。
以前来た時に使用した広島空港はもう懲りたので、今回は岡山から山陽本線で尾道へ。この山陽本線、名前から東海道本線のような15両くらいある列車を想像していたので、まず3つ4つくらいしかない車両の数にびっくり。乗車して、そのゆったりシートにまたびっくり。そして、やさしい黄色のボディカラーが山陽の街並みによく似合う。
東尾道駅を過ぎてしばらくすると、海と言うか水路と造船所のクレーンが見えてくる。旅だ。こういう感じが旅なのだ。
ホテルに荷物を預け、海沿いのサイクリスト施設「U2」へ。理由は前回来られなかったからである。そして、講義は午後からなので、ブランチを食べるのが目的。道路側に設置された灰皿で一服していると、海外のサイクリストが通り掛かって、笑顔でご挨拶。気持ちがいい。
モネの筆致みたいな海。造船所から聞こえる音、モーター音すら耳に心地いい。何時間でも座っていられる。
私は鎌倉育ちで、現在の湘南地域の勤め先からも海が見える。海を見ても何とも思わない環境で長年生きているのに、瀬戸内海には惹きつけられる。特に、尾道は尾道水道という「海なんだけど水路」が目の前にあり、生活感溢れる港の情景が湘南とはまったく違うのだ。
しかし、尾道に限れば海より山の手のほうが圧倒的に好きだ。
U2からブラブラ歩いて、駅を通り過ぎ、講義の会場である商業会議所記念館へ。
まだ時間があったので、近くの純喫茶で一服。尾道は、歩けばカフェに当たる。それも、イマドキのお洒落カフェから、いい意味で時代に取り残された感のある純喫茶まで色々。私が入った喫茶店はおばちゃんが一人で切り盛りしていて、お客さんも地元の人ばかり。「~じゃろ」「~じゃけん」というサウンドに広島県にいることを実感する。
2日間の滞在で、このような喫茶店を3軒見つけた。
下の画像は、今回行けなかった店ポエムさん。
夜通りかかったら閉まっていました。この外観・・・わくわくする。次回は必ずお邪魔しようと心に誓った。
さて講義のほうは、全国から学生50名ほどが集結している。
会場の商業会議所記念館も石造りの重厚な建物で、講義は旧議会場で行われた。
講義の中にはちょっとしたフィールドワークもあり、インドのデザインスタジオがリノベした「LOG」を訪問したり、
講師が手掛けている物件を見学したり、古い洋館を観察したり、という活動をした。昔から変わらない曲がりくねった坂道を上がると、突如として洒落た空間が現れる。この驚きと違和感が楽しい。
私が思うに、尾道に移住するのは簡単だ。以下の2つの点をクリア出来れば。
・儲けることを諦める
・災害に対して覚悟をする
私の暮らす湘南にも、都会からの移住者が多い。海に近いとか、自然の中でゆったり子育てをしたいとか。ただし、彼らはまだ東京を捨てていない。尾道に移住して幸せな生活をしている人は、東京や大阪を捨てている。かと言って、田舎と言えど船乗りの多い町ゆえに閉鎖的ではないらしい。農民の集落とは全然違うようだ。なぜなら、彼らの目は海すなわち世界を向いているからだと言う。
実際に移住して暮らしている生の声を聞き「現在の尾道」と「これからの尾道」を多角的に考える良い授業であった。
翌日は夕方の新幹線まで自由なので、山の手をブラブラ歩き回っていた。
赤い屋根が印象的なこの「眺めのいい家」も、空き家のようであった。もったいない。
なんて思っていると友達からメッセージが。
台風の影響で新幹線が運休し始めているという。途端に現実に引き戻される。さあ、どうするか。運命に任せるか。積極的に動くか。
山を下りながらそんなことを考え、平地に降りてからとりあえず駅に向かう。心配事は早く解決してしまったほうがいい。ひかり号を早い時間の便に変更。安心して、もう一度山の手に戻る。しかし時間があまり残されていないので、お寺をざっと見て終わってしまった。
早め早めに動いたほうが良さそうなので、福山まで予定を繰り上げて早めに行くことにした。尾道の残り香を楽しむ余裕もないまま、再び山陽本線に乗って福山へ。尾道水道が見えなくなる・・・寂しい。
結局、代替のひかりも運休になり、その場その場の判断で何とか新大阪発ののぞみに滑り込みセーフ。幸運なことに小田原にも停車してくれたので、とりあえず台風のピークが来る前に自宅に戻ることが出来た。友達には感謝しかない。
唯一残念だったのが、「旅の余韻」を感じる間もなく帰宅してしまったこと。今回は仕方がない。
風情を残す町がもちろん好きなのではあるが、あまりにも「作り物感」を感じると興ざめしてしまう。尾道はそれがない。特に、中心部から少し北東へ歩いたところにある昔ながらの歓楽街「新開」は、暗い中にポツンポツンとケバケバしい看板が点いており、ただでさえ暗い。しかし、建物をよく見てみると、窓枠や造りが凝っていたりする。昔は遊郭があったんだろうな、という雰囲気を今でも残しているのだ。
今回泊まった尾道ロイヤルホテルも、ひと昔前にタイムスリップ出来るような宿だった。中心部で一番高い建物なので、どこからでも見える。宿泊客は、酔っぱらったおじさんのグループや、どこかのスポーツ団体など。宴会場もあるし、鍵も今では古いラブホでしか見ないようなプラスティックの細長いブロックがついているタイプだ。もちろん、Wi-Fiなどない。しかし、カーテンを開ければ目の前に連絡船の発着場が見えて、すぐ向こうは向島。尾道の海の風景を楽しむことが出来るいい宿なのだった。
「なんかちょっと疲れたし、難しいことを考えないでぼーっとしてみたいけど文化的空気のある町がいいな」なんて思った時にお薦めの旅先候補だ。山の手や町を歩くのでも、心身ともに健康な人は自転車で島を巡るのもいいだろう。京都ほど観光地化されてもいないし、目にうるさいチェーン店の看板もない。
「尾道の○○が見たい、行きたい」なんて目的がなくても、「とりあえず行こう」だけで立派な旅になる。そんな行先である尾道。私もまた行くだろう。