灯が消えゆく時

先週はかなり落ち込んでいた。落ち込むというか、思いのほか影響を受けてしまって色々な思考がグルグルしており、ちょっと疲れてしまった。原因はNHKで坂本龍一の特集を見てしまったからだ。

特に熱烈な大ファンというわけではないが、私が清朝にハマるきっかけを作った映画『ラストエンペラー』の音楽や(出演も!)、モロッコに思いを馳せた『シェルタリング・スカイ』、そして外せない『戦場のメリークリスマス』・・・私にとってはYMOよりも映画音楽作家として大好きな音楽家だった。少し前に観た『君の名前で僕を呼んで』にも坂本氏のピアノ作品が使われていたし、作品が流れる映画はもっと多いのだろう。それに、ピアノを弾く者としては避けては通れないお方だ。私の推しピアニスト角野隼斗がリスペクトする音楽家でもあり、彼がNYに住んでみようと思ったのも、坂本氏の影響があると話していた。

亡くなって1年。NHKで放送されたこの番組は、2020年の余命宣告から始まる。闘病と創作活動、そしてコンサート。亡くなる直前の映像まであって、私ですら辛くなったのに、長年のファンの方々にはどれだけの悲しみだろう、と思った。

この番組自体が、無駄を省いた良質なドキュメンタリーとして秀逸なのだが、ゆっくり死へ向かう人を追うカメラは時に残酷で。

どんな生き方をしたって、最期は皆等しく命が終わる。例えば今から50年~60年後には、私はもちろん、私の友達も恐らく誰も生きてはいないだろう。その事実は、私を楽にする。3年前に、短い間だったが死ぬということを考えた時、死それ自体への恐怖よりも、「もう大好きな人たちに会えない」ということのほうが恐ろしく感じた。今もそれは変わらない。だが、50年以上たてば、私の大好きな人たちにも皆、死が訪れているだろう。そのタイミングが早いか遅いかだけの問題なのだ。

数々の素晴らしい作品をこの世に残して坂本氏は去ったが、彼が遺したヒポクラテスの『芸術は長く 人生は短し』という言葉を体現されているなあと思った。彼ほどのアーティストでも、死を現実として受け入れなければならなくなると苦悩するのだから、何も成しえていない一般人な私が苦悩するのは至極当たり前のことだったんだ、という気づきもあった。反面、近い将来、私がもし余命を告げられたら、どのようにそれに向き合うのだろうと悶々と考えてしまい、しばし眠れぬ夜を過ごした。そんなこと考えたって仕方ないし、大事なのは今!と、いつもの自分に戻るまで、ちょっとキツかった。

番組の中の映像で、ニューヨークのご自宅の庭に置いたピアノが朽ち果てていくのも象徴的で、恐ろしく寂しいのにうっとりするほど美しい光景になっていた。闘病中は体力がなくなり、音楽を聴けなくなったと仰っていた。だから、YouTubeで雨の音だけをずっと聴いていた、と。音楽はそれ自体に熱量があるから、と。私も治療中は音楽が聴けなかったので、その理由がわかった気がした。

文句なしに『ラストエンペラー』のサウンドトラックをもっとも愛しているのだが、歌入りの作品ではこの曲がもっとも好きだ。特に、大貫妙子ヴァージョンは聞いてるだけで泣けてくる。シンプルなメロディなのに感情がうわーっとなる。

『美貌の青空』

これほどまでに官能的で静謐な大人の恋の歌を、私は他に知らない。