アクセルペダルは快楽なのか

「オートバイ」という素晴らしい小説について、先日書きました。

この物語は日本語訳もとても素敵なのですが(フランス本の日本語訳は、私にとっては当たりが多いというか、違和感を感じたことはあまりありません)、物語の中に頻繁に登場してくる表現「ガスを入れる」「ガスを切る」。給油のことじゃありません。二輪の表現で言えば、スロットルを開くこと=ガスを入れる。スロットルを閉じること=ガスを切る、ということのようです。

クルマを加速させたい時、私たちはアクセルペダルを踏みます。二輪なら右手で手前に回します。
私はメカ音痴なゆえ、「アクセルペダルを踏むと何かがパカっと開いて、そこからガスがドバっとダム決壊のごとくエンジンの中に流れ込む」というイメージを抱いていたため、この「ガスを入れる」という表現は中々素敵じゃないか、と思っていたんですね。例えば、ビール好きな人がビールをぐいぐい己の中に流し込んでいる感じ。

でも、それって果たして本当なのかな?

そう言えば、アクセルペダルを踏むとなぜクルマが進むのか、今まで考えたことなかったな、と気づきました。そういうものだとインプットされているせいで、物の「仕組み」に無頓着な私はクルマを運転するのが好きと言いつつも、中身まではハードル高くて考えないようにしていました。
でも、ちょっと今更誰かに聞くのが恥ずかしい質問じゃないですか。「なぜアクセルペダルを踏むとクルマが進むの?」なんて子供の質問みたいで。なので、お友達にこっそり伺ったところ(出来るだけ簡単に答えてくださいとお願いしましたが)、基本的にアクセルペダルを踏むことによってエンジンに送る空気量の調節をしている、ということを初めて知りました。燃料だけガバガバ、ではなく、燃やすための空気だったんですねー。もう本当に無知でした。

今は、電子制御がそこに入っているそうですね。てことは、人間がアクセルペダルをどう踏み込んでも、結局はクルマの電脳がエンジンの燃え方を決めている?ということは、人間がわざわざやらなくてもそのうち良くなる(もう良くなっているのか)?
ならば、アクセルペダルを踏むのって、単純に「人間の残された快楽」?

私のクルマはほとんど国内では絶滅に近いMTですが、それでもすべてをドライバーが決定するような時代は過ぎ、人間にわずかに選択権はあっても最終的にはクルマが辻褄を合わせてくれる感じですよね。これがもっと自動運転のようなハイテク?になると、「便利だー」「楽だー」と喜んでいるうちに、知らず知らずに人間がクルマに合わせていくようになる気がしてなりません。それはそれで悪いことではないと思うのですが、クルマから感じる快楽の要素が減ってしまうという危機を私は感じてしまうのです。人間が何もすることがなくなり、音や操作、感覚などから「運転することって気持ちイイ!」と感じられることがなくなってしまったら残念。古いタイプの人間であるつもりはないのですが、皆さんよりン十年遅くクルマの楽しさを知った身としてはね、将来を憂います。

例えばピアノもそう。
先日、ヨドバシカメラの楽器コーナーで最新の電子ピアノを触って来ましたけど、タッチは生と少しも変わらないどころか、生より良かったりするものも。でもやっぱりやっぱり違うんです。電子ピアノはプログラムされた楽曲で「ひとりピアノ協奏曲」とか出来たり、結構遊べそうではあるのですが・・・現在の住まいの住宅事情から私もヤマハの電子ピアノを嫌々弾いてますが、レッスンの時に生のピアノを弾くとやっぱり感動します。例え調律が行き届いていなくてもそれはそれで音が揺れて味がある、とまで思ってしまう。はぁー、良い音、とあれも一種の快楽です。「こうすればフォルテになる」とか言うマニュアルはなくて、すべて弾く人の感覚に委ねられるのもクルマと似ています。そのピアノの癖を知り、弾きこなす楽しさもあります(私はそのレベルには到達してませんが)。

私のような入門ドライバーであっても、アクセルペダルを踏み込んで愛車が加速していくのは毎回楽しくって仕方ありません。音もそうです。大した音はしてませんが、それでもタコメーターが上昇するのと比例して音も上がっていく。本当に気持ちいい。こういう素晴らしい快楽を出来る限り長く味わいたい。そういうクルマが細々とでも残ってくれることを願ってやみません。

 

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アクセルペダルは快楽なのか” への4件のフィードバック

  1. DRIVER "A" のコメント:

    すっかり「あの人」扱いですね笑。ヴォルデモートみたい。

    人間がアクセル踏む通りにスロットルが開いてない、ってサラっとおっしゃいますが、衝撃です!今のクルマってすごいんですね。あとは人間は一体何をやればいいんでしょう。

    ほほぅ、ゼンはまだ機械式と言えるのですか。確かにあれだけガチャガチャ楽しく操作していても結局クルマの掌の上で転がされているだけならちょっとガッカリですけど、この前轢かれそうになった「音もせず発進するようなクルマ」に比べたら良い選択をしたと自画自賛しておきます笑。

  2. DRIVER "A" のコメント:

    人工知能の時代がやってきつつあるので、それも納得ですね。人間と違ってミスしないんでしょうか。私は無人運転のゆりかもめに乗っていても妙に落ち着かないので笑、私の生きている間は少しでも人間がかかわれる余地が残っていればいいな、と願っています。

    飛行機の羽って、窓から見ていると飽きないですよね。いつも「あの動きに何か意味があるんだなー」と思って眺めています。

  3. sensei@R のコメント:

    あの人に聞いたのかなw

    今はアクセルも直接スロットル(まさに空気量を調整するバルブ)と繋がっていません。これがHIROさんの言うスロットル バイ ワイヤ(ワイヤは電気配線の意)です。
    昔は低回転でアクセルガバッと開くとエンジンがグズグズ言いましたが、今は皆無。つまり、人間がアクセル踏む通りにスロットルは開いていません(^^;)

    でもね、マニュアルミッションは「機械式」は変わりません。失敗するとガリガリって怒られるでしょ(笑)
    ZENには運転者の意思が直結する部分が残ってます(^^)

  4. HIRO@LUTECOCO のコメント:

    スロットル バイ ワイヤというのでしょうか。機械的にだけでなく電子制御されているのですね。燃費とか安全性とかのために、ルーテシアはいくらアクセルを急に強く踏んでもホイールスピンしませんよね。路面ツルツルでもホイールスピンしないんです。トラクションコントロールというそうです。

    今では飛行機の羽も機械的なワイヤーや油圧ではなく電気信号で動かしていて、フライ バイ ワイヤなんて言います。効率よく動けるように電子制御なんですね。

    まぁどちらも詳しくないので本でも読んで勉強しようかなぁと。笑

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