ツナギと愛人

私が制作用にと購入したのはコットンのツナギですが、世界共通にツナギと言えば皮。
しかも若く美しい人妻が黒い皮ツナギに身を包んでハーレー・ダヴィッドソンで疾走していたら・・・しかもピンナップ風のアメリカ美女ではなく、フランスの少し陰気な美女だったら・・・美しいに決まってるじゃないですか。

まさに、そのまんまの物語があります。

「オートバイ」 La motocyclette 。マンディアルグ著。日本初版は1984年。本国では1963年出版のようです。

最初に読んだのはまだ10代の頃。それから数十年経て再読してみましたが、未だ色褪せていませんでした。むしろ当時よりも今のほうが共感を感じながら読めるという点で、ヴィヴィッドな印象を残します。

さて物語はフランスに住む若き人妻、レベッカが主人公。冴えない教師である夫が早朝寝ている間に、愛車の(解説によれば)デュオグライド型ハーレー・ダヴィッドソンで国境を超えて、ドイツに住む愛人に会いに行く道程を描いたお話。愛人ダニエルは神秘主義者で研究者であり、ずっと年上であり、彼女に官能を教え込んだ男なわけです。つまり絵に描いたようなエロおやじ。ハーレーは彼から彼女への「結婚祝い」。ダニエルはバイク偏愛家なのです。彼女を愛撫しながらレースの話を熱く語るような変態です。素敵でしょう?

例えば、こんな風に。

まずさいしょにマン島の、古典的な、ツーリスト・トロフィーのレース、鬼ごっこ勝負の話から、スパのレースの話、シュツットガルトの《孤独》レースの話からはじまって、次には二、三キロたらずの全長のあいだに一七四のカーブをかぞえる、全体がジェット・コースターで出来上がった、アイフェル山中の、ニュールブルクの地獄の環の話に移り、それに関連して《スウェーデン人の十字架》(むろん、スエーデンボリのことじゃない!)とか、《敵の庭》とか、《つるはしの先》とか、《屠殺場》とかいった、いちばん危険な地点の名称をまるで古なじみのように引用し、モンレリーやモンザを通りなれた散歩道同様に描き出し、あとのほうの自動車専用道路で、レスモのカーブを越したあと、セカンド・ギアのスピードでも、時速一九〇キロのはずみで躍り出し、大きな急カーブの側壁へほとんど真横に傾いて突進し、さらにすばやいスピードでヴェダノの曲がり道へ投げ出されるありさまを説明してきかせるのだった。

「オートバイ」 A.ピエール・ド・マンディアルグ著 生田耕作訳 白水社 1995年 より抜粋

 

皆さんは私よりずっとこのダニエルの語りを理解出来ると思います。

彼は他にもBMWなど愛車を数台保持しているようですが、登場するのは単気筒の「真っ赤なグッツィ型」。主人公レベッカと変態おやじダニエルを結び付けたイタリア産の「軽いバイク」。どんなバイクだったのか知りたくなってFugupedia先生にask。

 

https://www.moto.it/news/restaurando-puntata-14-moto-guzzi-dingo-sport-1965.html より拝借

 

美しいですね。もう何ていうか、造形的に美しい。色もスタイルも存在感も。無彩色の街並みにものすごい映えそう。

一方、彼女の愛車は

http://www.classicharley.jp/manager/upfile/harley_1965FLHDuo-Glide_797_12_1473141538.JPG より拝借

 

でかい・・・まさにアメリカン・マッチョ。座面が低いので安定性はありそうですけど、死ぬほど重そうです。750のバイクしか知らない私には別世界の乗り物。こんなものを若いレベッカへ「結婚祝い」に送るダニエルという男は・・・エロおやじもここまで来れば尊敬に値。

彼女はツナギの下にはナイロンのスケスケパンティ1枚しか身につけていない。そして、愛人ダニエルが彼女のツナギのジッパーを下ろすのを心待ちにしている。そういうことを考えながらアウトバーンを疾走しているのです。これまでの逢瀬がどんなだったかじっくり思い出しながら、愛人の元へとバイクを走らせる。このお話はそのようなエロティックな回想シーンを盛り込みながら、ひたすらレベッカがダニエルの元へ向かう道程が描かれているだけなのですが、これが単なる官能小説で終わらないところが大好き。物語は、レベッカがハーレーごとトラックに激突するところで終わります。読者は「え?」となり、思わず2度読みしてしまうラストシーンでした。

レベッカはおバカな女ではなく、冷めた目で自分自身を観察出来る女性。男の子のように短く刈り込んだ髪、という描写があるのでショートヘアの女性だとわかります。性格は「気まぐれで、衝動的で、気ちがいじみて強情な」女。彼女の黒皮レーサー服をいつも不信な目でながめる夫のことは、愛していない。かと言って愛人ダニエルのことも愛してるというのはまた違う。こういうタイプが愛しているのは多くの場合自分だけ。そして、自分に快楽を与えてくれる存在を従順に受け入れ、平伏すのです。

ガソリンスタンドの店員が「自転車で通勤しているご主人もそのオートバイに乗ったら、もっと早く通勤出来るんじゃないの?」とか言えば、彼女は「オートバイは私のよ。誰にも乗せないわ」とキッパリやり返します。そういう女です。つまり、途方もなくいい女。

皆さんもガールフレンドやボーイフレンドとイチャイチャしている時に、是非ダニエル式にサーキットやレースの話を熱く語ってみてください。それでだいたい相手が自分の趣味を受け入れるかどうか判断出来る?かもしれません。多分。