好奇心を枯らせてはならぬ

老いへの備え。

何もない。今楽しいこと、好きなことをそのまま続けて行くだけ。あるいは、今以上に興味のあることを増やしていくだけ。

と思っている。

私の通う大学は通信学部なので様々な年代の方がいるが、在籍している日本画コースは圧倒的に「定年後」の方々が多い。私など若い部類に入る。年輩の女性が多く、はっきり言ってウルサイし時々迷惑なのだが、それでも彼女たちは何かを学ぼうと決意して入学したのだろうから、偉いと思う。

仲良しのおっさんも定年後に入学した方で、本格的に絵を勉強するのは初めてだと言う。「俺、あと何枚描けるかわからんからなぁ、描きたいものを描きたいね」と。そう、若い人と圧倒的に違うのは残された時間なのだ。10代で本格的に描き始めるのと、60代で描き始めるのとではまったく違う。前にも書いたが、ひとつのことを長い間、コツコツと積み重ねて来た人々を私は尊敬する。私たちはそのコツコツと積み重ねられる時間が圧倒的に少ない。それを考えると落ち込んだりもする。

しかし!!

世の中にはこんなおばあちゃんもいる。

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軽トラに轢かれてる写真とか、クルマと一緒に並走している写真とか、もうキュート過ぎて・・・・

彼女はセルフプロデュース型なので、和製シンディ・シャーマンとでも言おうか。何より素晴らしいのは、この年齢でまったく好奇心が衰えていないこと。好奇心は人を老けさせない。そして、「老人食?何それ?」みたいな彼女のライフスタイルもいい。深夜のバーでバーボン飲んで煙草を吸うおばあちゃん、まさに私が理想とするおばあちゃんである。

うちの父は17年前の今の季節に他界しているが、会社を退職してからはバンド活動に情熱を注いでいた。若い頃はジャズバンドだったらしいが、地域柄ハワイアンの需要が高く、ハワイアンバンドでスティールギターやウクレレを弾いて、歌も歌っていた。末期がんで秒読みに入っても、楽器が弾けない病室では五線譜にコードや音符を書きこんでいた。だから、けっこうやりたいことをやった人生だったのではないかと思う。素敵な彼女もいたようだし(お葬式の時に一度お会いしてすぐにわかったが、少なくともうちの母よりはずっと美人だ。そして、父を一人の男として支えていてくれたんだなあ、と思ったら感謝しかなかった)。

やらない言い訳を探しているうちは本物じゃない。コツコツ積み重ねることはもう遅すぎるから、だったら興味のあることに手を出しまくったらいい。このおばあちゃんみたいにね。

来月から色々と新しいことが続くが、おばあちゃんに勇気をもらえて嬉しくなった。

皆さん、新しいことや興味のあるものを「学ぶ」ことは重要です!!例えば私も次に乗るクルマは現在の愛車より様々な面で難易度高いのにしようと思っている。まだ知らないことを知りたいし、自分で体験してみたい。楽ちんな方向へ行ったらつまらない。水が低いほうへ流れ始めたらダムで堰き止めるつもりだ。

「好奇心を枯らせてはならぬ」に2件のコメントがあります
  1. 自撮りばあちゃん、良いですよね。年を重ねても趣味を楽しんでいたいと思わせてくれます。

    やらない言い訳を探しているうちは本物じゃない

    本当に。本当にやりたいなら言い訳しないでもう勝手にやってるし。やらない言い訳ばかり並べる人にいくら魅力を説いても時間の無駄だと最近気付きました。

    1. 好きな事をやりたいという情熱を持っていれば、色々な壁を乗り越えられるよなー、とパリ旅で改めて感じました。
      例えば語学や習慣なども「どーにかなっちゃう」んです。
      変な例で恐縮ですが、離婚がいい例で、「あー、離婚したい」と言ってるうちは絶対に離婚出来ない。「離婚する」と思えない限りは無理なのと同じで。
      まあ、何でもそうですよね。でも、私でも新しいことに手を出すのはたまに不安になることがあるので、そんな時は友達に「背中を押して!!」とあえてお願いしています笑。

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