BLOG 私は私である

古い本が見つからない。

最後の引っ越しの時にまとめて入れたはずのケースの中に、パウロ・コエーリョ「11分間」は入っていなかった。いつでも取り出せる位置にある本棚に置く本は厳選しており、現在学習中の本を中心に参考文献やら画集やらが詰まっているけれど、結局昔読んだ本も加えることになるので、収納力に疑問が湧き始めた今日この頃。kindleもいいけれど、附箋を貼ったり好きに書き込めないからちょっと不便。

最近、「自分に自信があるかどうか」をある人と議論した。
その議論の後遺症のせいで、私はしばらく何もする気が起きなかった。
私が「私は私であることに自信がある」と言うと、相手はそれに理解を示さなかった。「他人とか周囲と比較するから自信があると言えるんじゃないの?」と返された。違う。

誰か、何か、と比較したら、間違いなく自分を卑下するに決まっている。上も横も下も見たらキリがない。というか、全方位比較したら本当に天井無し。だから、私は比較しない。ゆえに「自信がある」と言える。じゃあ、その自信は一体どこから来るのか。それは簡単、自分大好き人間だから。言い換えれば、自分が基準である、ということ。

過去の山のような黒歴史も、間違った選択も、激しい後悔も含めて、それでもやっぱり自分が好き。最後まで相手には理解してもらえなかったけれど。

自分で選ぶこと。自分で決めること。自分で動くこと。自分で挑戦すること。自分が好きなものは好きだと言えること。その結果、失敗したらそれも自分の所為と受け入れること。でも、自分を嫌いにはならない。

他人と比較しない人生って、変なストレスや無駄な頑張りをせずに済むし、他人に合わせる必要もない。ゆえに孤独になりがちだけど、群れるより一人がいいので問題ない。物事の判断基準はすべて「じゃあ、私はそれをどう感じるか」なので、時々恐ろしく自己中心的なワガママな人間に思われることもある。でも、別にそれでもいい。関心のない相手にドカドカと自分のスペースに踏み込まれることに比べたら、無関心でいてくれたほうがいい。

こうして毎日生きていると、色々と迷うことがあるのもまた事実。結構な経験を積んだ今ですら、まだ迷いは生じる。そんな時、学校の制作スクーリングでの先生の言葉を思い出す。背景を描き込み過ぎてどうしていいかわからなくなった私に「迷った時は、自分が最初に思い描いたイメージに戻りなさい」とアドバイスを頂いた。それと同じで、迷ったら最初の直感やイメージに立ち返る。それが自分にとって正しいことのほうが圧倒的に多い。頭で考えて出した結論よりも、直感で感じて出した結論のほうが自分で納得出来る。そうやってまた、自分を信頼して行く。

若い頃から競争社会で生きてきた世代の人には、特に理解してもらえない傾向にあるけれど、別に構わない。私は「自分の頭の中で思い描いている自分」に少しでも近付けたら、それだけで生きてて良かった、で終われる。そんな気がするから。

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