普段、1人で美術館やら映画館やら行くことの多い私ですが、ちょい悪ジジの美術館ナンパ指南をネットで読んだ時は笑いました。
ちょい悪ジジ自体は否定しません。むしろ「ちょい悪」である必要すらありません。だって健全な男はジジになっても、下手したら死ぬまで女好きなのは古今東西同じというもの。それに、ジジ世代になれば奥様を亡くされたり熟年離婚したりで独身になる人も多いでしょう。そこで、もう一度「男」として一花咲かせたい!と考えるのは決して悪いことじゃありません。
この、本場イタリアの見るからに「ちょい悪ジジ」をご覧になってくださいな。私の大好きなフィアット124スパイダーのCMです。
昔は諸事情で生涯現役であることを諦めなければならなかったかもしれませんが、今ではお薬もありますし、その気になれば、そしてお相手がいれば、ジジになっても男としてのプライドを保てる条件は揃います。元気のないジジより元気のあるジジのほうが輝いて見えるのは事実。それは別に対象が女でなくてもいいんです。趣味や好きなことを楽しんでいるジジは素敵。
でも!美術館や映画館でナンパは場違いです。コンサートホールや神社仏閣もです。
なぜ女が1人で美術館や映画館に来てると思いますか? 私の場合は、1人でじっくり楽しみたいからです。作品に対峙するとエネルギーを使いますし、周囲の雑音や情報に惑わされず、自分自身の感じ方で色々なことを吸収したいんです。そこへ赤の他人である見知らぬジジが近寄ってきて、明らかに上部だけの知識を披露されても「はぁ?」になります。その人が本当に美術を愛し、それまでの蓄積された豊かな知識があるかどうかは少し話せばすぐにわかります。それに、語って欲しいのは知識じゃないんですよ。私は各種薀蓄よりもその人自身がどう感じるかを聞きたいと思うので。
例えば1枚の絵があったとして。その絵にまつわるエピソードや画家の生涯や時代背景なんかは後からでもいいんです。大切なのは、その作品から何を感じたか、ということ。それは1人ひとり皆違うから話していて楽しいんですよね。ちょい悪ジジにはこの点をまず理解して欲しいと思います。神社仏閣やクラシックのコンサートなんかも同じですよ。
ちなみに美術館ではちょい悪ジジの他に、おしゃべりババも迷惑です。必ず2、3人のグループになっていて、いちいち「あらー、すごいわねぇ」「あら、きれいねぇー」と館内に響き渡る声でおしゃべり。気持ちはわかりますが、展示室を出てから思う存分やってください、といつも思います。
昨年、某映画館でロビーに座って開場を待っている時にジジが近づいてきました。「おひとりですか?」と。この時点で「うざい度」はMAXです。「ひとりですが、何か?」と返すと「あなたのような方がおひとりで映画を観られるなんて。よくおひとりで来られるんですか?」と。悪かったな余計なお世話だよ、と思いつつ「こういった映画は1人で楽しみたいので」と答えると、ジジはいきなり「握手してください」と笑。握手したら離れてくれるかもしれない、と期待して握手をしてあげると、「是非またお会いしたいな」と言い、去って行きました・・・しつこくなくて良かった!
このように、多くの場合、声を掛けられるのは迷惑です。別にジジじゃなくても同じです。「1人で楽しみたいから1人で来ている」のであり、「一緒に来る人がいなくて、仕方なく1人寂しく来ている」のではないのですよ。
「お金を遣いたい」かつ「下心満載」のちょい悪ジジなら、美術館や映画館のような中途半端にお安い場所ではなく、いっそバブリーに高級ホテルのバーやラウンジで声を掛けたらいかがでしょうか。昔、「あちらのお客様からです」をされたことがありますが笑、その時はその方と楽しくお話していい時間を過ごしました(ちなみにその時のお相手は外国人でしたが)。
人の魅力は積み重ねであると私は思うので、ジジであればあるほど「深い」何かを持っていて欲しいのです。そして、好きなことには目を輝かせて夢中になれる・・・そういうジジには自然と人が寄って来るものですし、テストの一夜漬けみたいな知識でなく、本当に自分が好きなことの世界でジジには輝いて欲しいと思います。そうすれば、女はあとからついてくる!と思うんですけどね。