BLOG 無職の10日間、はじまる

今日から夏休みに入った。無職最高。適当に朝起きて、身仕度して、ちょっと描いて、講義動画を視聴して、ピアノを弾き、昼を食べに出かけ、帰って来てまた描き、本を読み、夕方は有料チャンネルで歌舞伎を見て、また少し描き、風呂に入って本を読みながら寝る。合間にコーヒー、水、煙草。最高だ!

夏は蝉の声がいい。天然の情緒ある効果音。人々も汗をかいているせいか発光して見える笑。そして、戦争の記憶から来る陰鬱さも、江戸の幽霊話も、自分自身の夏の記憶も相まって、何とも言えない季節なのである。

クーラーの効いた室内も快適ではあるが、私は目下、谷崎の「陰翳礼讃」の世界観に憧れており、将来は薄暗い畳の部屋で寝起きしたいと考えている。夏は暑く冬は寒くていいのだ。単に懐古主義なだけかもしれないが、今は失われつつある日本固有の情緒に憧れる。自宅内では母親が清元を流しているので、蝉の声と相まって良い感じだ。

そんな中、話題沸騰のあいちトリエンナーレの表現の不自由展。結局、展示は中止された。まさに表現の不自由を体現した出来事であったようだし、芸術史とは様々な議論や酷評、今で言う「炎上案件」から成り立っていると言っても過言ではないので、意見が噴出すること自体は健康的だと思う。しっかし、すごい脅迫をする人がいるもんだな・・・と空恐ろしくなった。私自身は実際の展示を見ていないので何とも言えないが、歴史は繰り返すのだなあというのが率直な印象。

ただし、底辺の末端ながら芸術や美術に関わる者として「芸術に政治的意図を持ち込むな」という意見を目にした時は思わず二度見してから大〜きく仰け反った。今すぐ図書館か書店へ走って、黙って芸術史の本を読んで頂きたい。美術史だけでもいい。もちろん、紀元前から21世紀までの全世界のだ!まったく、笑わせる。そんな人は貴族の館のサロンに飾ってあるような田園風景画だけ見ておれ。しかし、そういう何でもなさそうな風景画にも政治的意図、問題提議が隠れていたりする場合があるので、くれぐれも注意せよ!

さて、3月のパリを筆頭に、何だか洋画尽くしの今年前半であった。立て続けに受けたデッサンの授業も、洋画や彫刻の先生方だ。観に行った展覧会も洋画ばかりで、日本画成分が足りなくなっている。水墨画は中国画だし、今書いているレポートも近代フランス美術史についてだ。とは言え、私は一応日本画専攻なのであるが、最近はそれをすっかり忘れている。私は日本生まれの日本人だが、圧倒的に西洋の文化に触れてきた時間のほうが長い。多くの人がそうであるように、日本の中で洋式の生活、洋式の文化の中で育って来たし、幼い頃はピアノとバレエと西洋の物語に夢中だった。だから、日本画や日本の芸術史を学ぶことは自分にとって新しいことで、もうちょっと若い頃からやりたかったけど仕方がない。

今月はスクーリングを入れていないが、京都に行かないなら行かないでちょっと寂しい。「うわ、あちぃ」と言いながら通学するのもまた楽しいのだ。

ちなみに来月は尾道で特別講義に参加する。尾道は大好きな街なので、非常に楽しみだ。ここは愛車自走で行きたいところだが、気ままな個人旅行じゃないので大人しく線路で向かう。学ぶことに終わりはない。

 

 

 

 

 

 

 

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