クルマ好きにこそ観て欲しい1本

青春時代の1本とも言える『ベルリン・天使の詩』を手掛けたヴィム・ヴェンダース。続く『時の翼にのって』の天使シリーズが大好きで、ベルリンまで行ってしまった私だが、そのヴェンダースと役所広司の映画と聞いて「これは映画館で観よう」と思っていた『PERFECT DAYS』。カンヌ受賞に続きアカデミーもノミネートのニュースを聞き、これは今行っておかねば!と早速観て来た。

昨年からまた映画館に時々通うようになった。ネットフリックスなどのサービスも良いけれど、「映画を観る」という行為自体が昔のように日常の楽しみではなく、特別な楽しみになっている。だから、これ!という作品は映画館で集中して没頭したいのだ。

平日の夜の上映だが、やはりいつもよりは混んでいて、4割くらい埋まっている。そのほとんどがおひとり様なのが心地いい。

作品のほうは、今年のベスト3に早くもランクインしたと思った。もしかしたらベストワンかもしれない。単純に説明するなら、役所広司演じる平山さんの日常を観客が堪能して愛でる映画。極端にセリフが少なく、劇伴は平山さんが車内で再生するカセットテープの洋楽のみ。

そう、この作品はクルマに整然と仕事道具を積んで仕事場へ向かう平山さんの時間が、とても丁寧に描かれている。彼のクルマ、青いダイハツ・ハイゼットカーゴ。これがもう一人の主人公なんじゃないかと私は思った。首都高を走る小さな青いクルマ。大都会の中の小さな存在。とてもいとおしい。そして、オリンパスのフィルムカメラ。昔はみんな同じようなのを持ってた。現像に出して、あの封筒に入れられて返ってくる時のワクワク感。

平山さんの日常は規則正しく、そして美しく流れて行く。どうしてクルマ好きに観て欲しい1本かと言うと、正確には運転好きと言ったほうがいいかもしれないが、運転をしながら我々は(少なくとも私の周囲のクルマ好きな方々は)、外の風景の変化やちょっとした瞬間に目を留めることが多々ある。毎日同じ道を走っていても、毎日違うことが起きる。そんな感覚を知っている人は、この映画に入り込むことが出来るんじゃないか。

そして個人的に良かったのが、この作品には「あや」という女性が2人出て来る。一人は、平山さんの若い同僚タカシが片思いしている『アヤ』。もう一人は平山さんが読む中古文庫本の作家『幸田文』だ。自分と同じ名前の登場人物が出てくると嬉しい。これを機に私も幸田文さんの本を読んでみようか。

webCGのコラムがわかりやすいので貼っておく。

第266回:最強で完璧な仕事グルマとの幸福な生活 『PERFECT DAYS』 【読んでますカー、観てますカー】 – webCG

自分が年を取ったせいなのか、映画作品でも特別何も起こらない、淡々と進行する作品に惹かれるようになった。特別何も起こらない中での、小さな揺らぎみたいなもの。それがポジティブなものでもネガティブなものでも、まさに日常そのものだと思うから。そして、画集や写真集を眺めているような気持ちになれる作品だとなおさらいい。昨年のベストワンである『アフターサン』はまさにそうだった。

ラストシーンも、あんな瞬間を経験した人は意外と多いのではないか。私も2,3度ほどある。運転しながら「今、この時」を否応にも噛み締める時があるのだ。朝でも昼でも夜でも。そして、そんな瞬間にニーナ・シモンのFeeling Goodはドンピシャ過ぎて。

見終わる頃には監督がヴィム・ヴェンダースだとか、東京のカッコいい最新トイレだとか、そういったことはもう霧のかなたで、ひたすら主人公平山さんが大好きになる、そんな後味だった。

おすすめ。

「クルマ好きにこそ観て欲しい1本」に2件のコメントがあります
  1. 年を取ったら、東京のまちのアパートに住んで、ひっそりと暮らしてもいいかも、と思っていた頃がありました。実際に、年を取ったら、無理、とわかりました。階段と電車が難敵なのです。でも、この映画のように、車(軽のワゴンいいですね)があれば、可能かもしれません。駐車場に相当お金かかりそうですが。こういう暮らしを思っている人、多いのかもしれませんね。

    1. とさまさま
      大変な時に読んで頂き、ありがとうございます。
      私も広島の尾道にすごく憧れた時期があり、斜面の古い家に住むのいいなあと思っていましたが、今は無理だとわかりました。
      はい、東京もバリアフリーには程遠く、エレベーターがあってもホームの端だったり、圧倒的に階段の世界ですよね。
      そう考えると移動はクルマのほうが圧倒的に楽なのですが、仰る通り駐車場だけで一体いくらになるのか。。。

      今の日本では、ああいった暮らし方が支持されるのはわかる気がします。私も最近無駄をなくす努力をやっと始めましたが、
      自分の中の幸せがどこにあるのか、考えるきっかけにはなりました。

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