ピアノに泣く

最近、ピアノがテーマの映画を立て続けに観た。

『ピアノの森』(アニメーション)
スラム街のような地域で、水商売の若い母親と暮らす主人公、カイ。彼が森に放置されたピアノと出会い、元ピアニストの音楽教師と出会い、その才能を育まれてショパンコンクールを目指す物語。

必要なのは才能、師、そしてライバル。というのがわかりやすく描かれている。コンクールの裏側などもわかって面白い。同じ曲でも演奏家が違うと全然違うというのは、この時代Youtubeという有難いツールがあるので、私たちもコンサートに行かずともある程度は実体験出来る。私はピアノ作品の聞き比べだけで一日過ごせる。
若くて美しい母親、というのは、男の子にとって永遠の甘い記憶なのかもしれない。

『四月は君の嘘』(アニメーション&実写)
エリートピアノ少年の再生物語。母親を亡くし、そのトラウマからピアノが弾けなくなる主人公、公生。ある日、友達の紹介でヴァイオリニストの少女と出会い、再びピアノに向かうようになるが・・・

終盤、主人公はついにコンクールに再挑戦する。立ち直りを手助けしてくれたヴァイオリニストの少女は彼にとって大切な存在となったが、コンクールのその日、彼女はリスクを伴う大きな手術を受けている。彼女への思いをショパンのバラード1番に託して弾いていくうちに、彼女が逝ってしまったことを悟るシーンは涙なしでは見られない。また、セリフが詩的で名言がけっこうある。「時間って止まるのね」というセリフが最も好きだった。

実写版は、なんか鎌倉が舞台だったな。七里ヶ浜高校がロケ地とみた。アニメのほうが長いので細やかな描写が多く納得出来るが、中学生設定だけはすごい違和感。実写では高校生設定になっていたので、その点は自然だった。

『さびしんぼう』(実写)
放課後、いつも音楽室でショパンのエチュード10-3(別れの曲)を弾いている女子校の子に片思い中の、カメラ好きの寺の息子、ヒロキ。ある日、道化のような格好をした謎の女の子が部屋に突然現れて・・・

懐かし映画。久々に鑑賞。尾道また行きたい!
これ、よくよく見たらピアノ映画と言ってもいい。この年齢になって見ると、「さびしんぼう」が16歳の頃のヒロキのお母さんで、当時「別れの曲」を上手に弾く男の子に片思いしていた、という設定に泣ける。そして、好きだった男の子の名前をそのまま息子に名付けるというのもイイ。あれは、昔少女だったすべてのお母さんのための映画。

『鋼と羊の森』(実写)
北海道が舞台。ただ何となく、特に目的もなく高校生活を送っていた主人公。ある日、学校の体育館にあるグランドピアノを調律しに訪れた調律師の作業を眺めているうちにピアノの音に引き込まれ、彼も調律師を目指すようになる。

ピアノの音を聞いて森を思い浮かべるのは『ピアノの森』もそうだし、この物語の主人公もそうだ。私はピアノの音から森は思い浮かばないけれど。
この映画の山崎賢人くんは、往年の尾美としのりのようだ。
調律師ってすごい。ピアノの音って、伝えるのにとても感覚的に表すしかないのに、それを耳と道具と技術で演奏者の求める音に調整する、素晴らしい職業だと思う。調律の必要なピアノが欲しいものだ。この物語にも、やはり家族を亡くしてピアノを弾かなくなった男の子が出て来る。ピアノは弾かないと物と埃が積み上がっていく。その様子は、やっぱり悲しい。でも、本当に心底悲しいことが起こると、人は音楽すら聞かなくなる。

 

ひと昔前まではピアノやバレエは女の子の習い事の代表みたいな感じだったが、今や鍵盤YouTuberも男性が圧倒的に多い。

音楽、特にピアノがテーマの物語だと音楽の相乗効果で泣けて泣けて仕方ない。自分が弾くからというのもあるけれど、ピアノの曲ってどうしてこうもストレートに感情を揺さぶってくるのだろう。音楽の持つ力みたいなものを実感するとどうしても泣けてきてしまう。誰かへの思い。大切な記憶。感謝。別れ。音楽は個人の感情とリンクしている。

これらの映像作品で度々出てくるフレデリック・ショパン。最近、伝記を読んで理解を新たにしたばかり。なんと絵も上手だった。でも、本人は未来になって自分がこんなに世界中で有名で、自分の曲を知らない人はいないほどになっているのを、予想すらしなかっただろう。家電のお知らせメロディとかにまでなっているしね。親友のフランツ・リストが「イケてる俺」だったのに対し、ショパンは斜めに構えている内向的な人だったようだ。だからジョルジュ・サンドのような強力なエネルギーを持った太陽みたいな人が必要だったのかも。

ピアノを弾く人間ならショパンの作品とは無縁ではいられない。かくいう私も、何せ最初にピアノに目覚めたきっかけが、4歳頃に見たアニメのオープニングに使われていた『幻想即興曲』であった。この曲は今でも私の中で「死ぬならこれを弾いてから死にたい曲ナンバーワン」として君臨し続けている。ショパンの作品のほとんどは難易度が高い。私も少しずつレパートリーを増やしているが、まだ『幻想即興曲』には挑戦していない。死ぬまでに必ず弾く。

日本人でショパンと言うと別れの曲か太田胃酸がもっとも有名かもしれないが、私が是非とも聞いて欲しいショパン作品の最高傑作を挙げたいと思う(2020年9月現在)。

私にとってのショパン最高傑作はこちら、バラード第4番 ヘ短調 作品52。
おっさんの演奏じゃなきゃ!ということで、ルガンスキーの演奏でどうぞ。

バラードは1番から4番まであるが、そのどれも、人生の甘味も苦味も知り尽くした大人にこそふさわしい作品。コドモには早い。

雲の間からわずかな光の筋が漏れてくるような穏やかなイントロから、わたし的にショパン史上もっとも切ない主題があらわれ、光が消えて行く。すでにここで泣いてしまう。目の前の世界はモノトーンに変化する。それから少しずつ色がついていくのだけど、やっぱり最後は闇に戻る感じがする。でも、それは恐怖ではなくて優しさを感じる闇なのだ。死ぬ間際に頭の中で流れそうな、そんな曲。美しい!!!

 

ピアノという楽器は昔からあまりにも身近にあり過ぎて、自分も弾くので、当たり前にそこにいつもある、という有り難みを忘れがちな存在なのだけれど、本当にこの楽器が好き。ジャンル問わずピアノ曲は大好き。クラシックなんかピアノ曲かピアノが入っている作品(ピアノコンチェルトや室内楽)しか聞かないし。でも、プロアマ問わず、どんな楽器であっても歌であってもどんなジャンルでも、全世界の「自ら音を奏でる人々」を心から尊敬している。

私もその一員であることが嬉しい。