クルマで巡らない新・北斎展

六本木ヒルズが嫌いだ。

これまで一度も目的地にスムーズに辿り着けたことがない。いちいち案内板を確認しなければサッパリだ。しょっちゅう訪れればわかってくるのだろうが、そうしょっちゅう来る用事もないので仕方がない。ここは毛利藩の屋敷跡の敷地に建っているので歴史的風味もあるはずなのだが、地下鉄からアクセスするとそれも感じにくい。赤穂四十七士のうち毛利藩にお預けの数人はここで切腹しているらしい。だからだろうか、六本木と聞いてもあまり浮ついたイメージはない。ただヒルズだけはダメだ。

昔、当時の会社のイケてない上司に誘われ、断り切れずにデートしたらここのロブションに連れて来られた記憶が蘇った。早く帰りたくて味も覚えてないが。

歩いていると確かに外国人濃度は高いが、先月行った京都の夜の木屋町近辺に比べたらまだまだ薄い。

ようやく新・北斎展を開催中の森アーツセンターギャラリーへの入り口を見つけたが「40分待ち」と表示がある。前回のフェルメール展に比べたらかわいいものだ。しかしビルの52階に美術品があるのってすごいよね。火災とか災害の時は一体どんな対処がなされるのだろう。リスキーな国宝級は来ないとしても。

実際は入場まで20分ほど待ったが、許容範囲。今回は混むのを想定して、18時くらいに現地入り。先に見たい絵を優先的に見て、19時半に入場が締め切られるので、それからは人が一気に少なくなる最初のエリアの展示に回ることにした。

入場待ちの時も警備がハンパなく厳しいため、飲食物と思われる袋を持っている人々はことごとく没収され、強制的に預けられていた。それが未開封のお土産系お菓子や飲み物であっても、だ。それだけ非常識な人が増えたのだろう。

神奈川沖って、引き伸ばして大きくしてもやっぱり迫力あるなぁ

しかしなんだかんだ言ってもここまで来ればテンションが上がる。

偏愛とか好き過ぎて死ぬ!とかのレベルではないものの、私は北斎という絵師はとても好きで、会ってみたかった過去の偉人のひとり。彼の作品もまた好きだ。本物を見られる機会があれば出来るだけ見るようにしている絵師の1人でもある。娘のお栄ちゃんにも会ってみたかった。

好きな絵を前にした時に感じる至福感は何事にも代え難い。そのような時間を久々に過ごすことが出来た。絵巻が展示されているガラスケースに知らないうちに近ずき過ぎて係員の方に注意されてしまったり、ガラスがあるのを認識せずに作品に前のめりになって、おでこをガラスにぶつけたりもした。

さて、今回のお目当ては、私が北斎作品の中で個人的に最高傑作だと思う肉筆画「夜鷹図」だ。マイ北斎ベストである。

死ぬまでに本物をこの目で見たかったので、その願いがついに叶った。

ぎゃぁああ

真ん中が「夜鷹図」

夜鷹とは・・・つまり吉原をトップとするなら夜鷹は底辺になるお仕事だ。路上で体を安価で売る女性たち。以前、ヒーラーに「あなたの前世は吉原の女郎、でも位はわりと高い位置」と指摘されたことがあるので(笑)、江戸時代に生きていたら私も夜鷹になっていたかもしれないのだ。他人事ではない。
その夜鷹の後ろ姿を描いた本作だが、あくまでも筆はサラリと見えるのに、背中に凛とした潔さを感じる。それは描いた北斎の視線が暖かいからだろう。蔑んでいない。足元の着物をひきずる感じも優雅だ。悲しみと強さと美しさと、根拠のない明るさも感じる・・・私はしばしこの絵の前で立ち尽くした。そして少し泣いた。柳の枝の向こうにサラっと描かれた銀色の月も、印刷物ではわからない美しさだった・・・はぁ。所持したい。誰か買ってください。

今回の展覧会は、北斎のデビューから晩年までを時系列に追って作品を並べたもので、ヴォリュームもあり、図録も充実している。皆さんも一度は見たことがある有名な作品も数多くあった。正統派な絵もあれば、ふざけた絵もある。当時の江戸がよくわかる風俗画も、美人画も、北斎漫画も、戯作の挿絵もあった(唯一残念だったのは、春画がなかったことだ。傑作多いのに)。

美しい絵はとことん美しい。すごい画力

 

とにかく江戸好きの私には幸せな時間で帰りたくなかったくらいだ。前回のルーベンス&フェルメールが良くなかった反動もあり、魂が震えた。

3D作品も。子供雑誌の付録にありそうな組み立て式のデカヴァージョン

今回は肉筆画を間近でよーく見たかったので版画=浮世絵はそれほど力を入れて見ていなかったが、「神奈川沖浪裏」の前には外国人の人だかりが出来ていた。あの絵は世界的にもマスターピースだよね、確かに。浮世絵が出来上がるまでの工程も写真で説明されていたが、あれを見たら誰もが絵師だけではなく、彫師と摺師の超絶技巧ぶりにも注目すると思うので、ああいった展示はどんどんやって欲しい。

(ちなみに風景浮世絵としては、私は広重の江戸百景のほうが好みである)

浮世絵は本来、庶民たちの楽しみのためにあった。今でこそこうして美術館に飾られてはいるけれど、生活の中に存在していたもの。だから、普段美術館に行かない人も、絵とかアートって難しいと思ってしまう人にも、北斎はそんな構えは要らないで楽しめる。さあ今すぐ六本木へ!!

北斎は画号や時期によって作風も変わる。だから、見ていて飽きない。彼なりの波があって、夢中になるものが変わって行ったのだろう。案外、それが長生きの秘訣だったのかも。でも、全体を通して人間への愛を感じる。江戸の人々への。そこがとても好きだ。私が伊藤若冲と彼の絵を好きになれない理由もそこにあるのかもしれない。

デビュー時は師匠がいたから「勝川春朗」なんていかにもな名前だったけど、最後は「画狂老人卍」となった。カッコイイ。

やっぱり自分の好きな絵画を見ないとだめ!世界よ画狂老人卍にひれ伏しなさい!!
とわけのわからないカタルシスを感じながら会場を後にした。

帰りはまた迷って、大江戸線に乗るつもりが見つからず、日比谷線に乗るしかなくなった。大江戸線は難易度高い。

やっぱりここは嫌いだ。