クルマで巡らない院&ルーベンス&フェルメール

美術館などで絵や作品を鑑賞する時、あなたならどのように鑑賞するか。

私の周囲をみると、まず「プチ評論家タイプ」がいる。展覧会に行く前に予習して知識をアタマに入れてから作品を見るタイプだ。このタイプは時に厄介で、うんちくを語りたがる傾向にあり、一緒に連れて行くなら時と場所を選ぶ(笑)。そして感想ではなく論考でコメントするので、話していてもあまり楽しくない。好きで絵を見るというより、己のデータベースの蓄積のため、という感じ(この違いは重要)。ただ、こちらが教えて欲しいことがあった場合には非常に役に立つ。

次に、自分も描く、作る側である人。例えば私は評論家タイプとは真逆で、余計な知識を入れずにまず作品を見て、必要とあらばあとから知識を加える。作品解説もなるべく見ないようにしている。ただ、ほぼ主観で判断しがちなので、作品を第三者的視点で見ることも時には必要だ。そうやって集中して観察していると大抵は上記の評論家タイプに邪魔をされる(笑)。

美術作品の鑑賞の仕方にルールは一切ない。好きに見て楽しめばいいのだが、残念ながらそれが出来ない展覧会もある。

何より、やはり胸がざわざわするような刺激をもらえる忘れ難い体験が出来る展覧会に、数多く行きたい。先日の二条城収蔵館での体験のように。

そんな体験とは対極にある展覧会3つまとめて(まとめないと書くことがない)。

1.院展 at 横浜そごう美術館

日本画のコンテストでは国内最高峰と言ってもいい院展の入賞作品が巡回。あまり興味はなかったが大学の友達に強制連行された。
どれも大作なので見ごたえがある。気にいった絵はあまりなかったが、現在の日本画のトレンドがよくわかるので、とても勉強になる。そごう美術館では間近に見ることも出来るし。

日本画って途方もなく時間のかかる芸術だ。焦って描いた絵はもはや日本画ではない。私たちが10回絵具を重ねるところを、この方たちは一体何度重ねているのだろうか。絵具が乾くまでに一晩以上かかる。気づくと季節も変わっている。自分も年を取っている。そんな世界だ。私たちがたった6日間のスクーリングで描きあげた作品など、赤子も同然。

がしかし、いつもの疑問は解決出来ないまま。
「日本画って何だろう?」

授業で指導して頂いた先生の作品もあった。その明朗活発なお人柄からは想像出来ないような作品であったので、面食らってしまった。ああ見えて先生、実は変態だったのね、むふふってな具合に。

2.ルーベンス展 at 西洋美術館

ルーベンスと言えば
ネロが憧れ続けた絵という認識の方が多かろう。幼少の私の部屋にも「フランダースの犬」の絵本があった。最後のシーンでは涙とともにルーベンスの名前が記憶に刻まれるのだ。そのような日本人は多いに違いない。

参考↓

今回の展覧会も宗教、神話、寓話などのビッグサイズがどーんどーんと展示してあり、ああいった画風が好きな人には満足感のある展覧会であっただろう。
私はあまり気持ちが入らなかったが、サイズが大きい絵というのはそれだけであらゆる面で「すごい」ものなので、大きいことに感動するのもアリだ。ただ、あまりダイナミックさを感じないのはなぜなんだろう。↓のポスターになっている絵も躍動感をあまり感じない。感じなくてもいいんだけど。

今回はイタリア絵画の影響を受けたルーベンスの作品、みたいなテーマもあったようだが、何となく中途半端な印象に終わった。キューピッドと女性たちの体が豊満というよりただの肥満で受け入れ難い。あの贅肉のプヨプヨ感を表現する絵具の塗り方に着目してはみたけれど・・・男性はわりとマッチョに美しく描けてるのになぁ。全体的に刺激が足りないまま見終わってしまった。

というわけで、最近まで行ったことすら忘れていたのであった。

3.フェルメール展 at 上野の森美術館

まず、突然行っても入れない。日時指定の前売り予約チケットを買わなければならないのだ。しかも前売りで¥2,500である。そりゃフェルメールが8枚同時に観られるという意味では開催側が強気に出ても仕方ないかもしれないが、とにかくヒドイ展覧会だったので備忘録として記しておく。

チケット売り場で「本日分のチケットは完売ですので、別の日のチケットをお求めください」と門前払いされる人たちが多数。そりゃあらかじめ調べて来ないのも悪いけどさ、なんかとても悲しくなった。まるでさっきのルーベンス。銀貨を持ってなかったからネロとパトラッシュは絵を見られなかったのだ。それと同じ。

そもそも私は最初から乗り気でなかった。フェルメールは海外で何枚か見ているし、画風そのものに惹かれないのだ。しかも日本人のフェルメール好きは承知していたから、どうせ大混雑してるんだろう、と反対だった。しかし同行者が「入場制限してるし大丈夫!」と言うし、何か学ぶこともあるかもしれない、と渋々行ったのだ。

※コリン・ファースがフェルメール役をやった「真珠の耳飾りの少女」は秀作です!相手はスカヨハだし、わりとあの絵にそっくりで。

だが、結果的には入場も待たされ、中は「オールスタンディングのライブかよ?」ってくらいの人口密度で絵など見る環境ではない。いや、見ることは出来るが鑑賞することは不可能だと言ったほうがいい。何のための日時指定の入場制限?そもそも複数のフェルメール同時展示がウリなら、ハコが小さ過ぎるだろう!

多くの展覧会の場合、入ってすぐのところがもっとも混雑している。皆さん、最初からじっくり見ようとするからだ。しかも今回は無料音声ガイドが石原さとみちゃんだからだろうか、もう音声ガイドだけで長蛇の列が!
さらに、今回は最後の最後にフェルメール部屋が設置されていることもあり、最初から最後までもう酸素が薄いんじゃないかって感じるほどの息苦しさ。「ここに来るなら他に行きたい展覧会があったのになー」と出る頃にはかなりイライラ。他の鑑賞者からも「これじゃあ人の頭しか見えないじゃん」といった声が聞こえてきた。そのせいか、雰囲気は殺伐としている。同じ大混雑でも和気あいあいとした空気が充満していた春画展とは大違いだ。

私のように最初からひねくれているのは別として、今回初めてフェルメールの本物を見る人もいただろうし、いったいどんな絵だろう?と好奇心を持ってやって来た人も多かろう。それを考えると、あの劣悪環境は鑑賞者の足元を見ている企画にしか感じなかった。私個人の中では近年で最悪の展覧会と言わざるを得ない。

帰りに上野駅構内のハードロックカフェで炭水化物のヤケ食いをして帰路についた。

 

展覧会内が混雑している場合は、人混みの後方からまずはざっと見て、自分が「いいな」と思った作品だけまた戻って来て、その作品をじっくり見る方法をお薦めしたい。私は人間を描いた作品に目が行くので、風景画などは後回しにしている。最初から真面目に列に並んでいても、進みは非常に遅い。すべて見たい人は列に加わるしかないけど。あとは朝イチより、閉館間際のほうが比較的空いていることが多い。金曜日は遅くまで開館している美術館も多いので、平日夜が本当はベストなのだけど。

来週行く予定の新・北斎展で、どーーーしても見たい絵がある。
恐らく混雑しているだろうが、私の個人的北斎ベストである「夜鷹図」が出るのだ!割り込んででも間近で見たいと思っている。このように「見たい絵がそこにある」場合は、多少図々しさも必要だ。

府中美術館で来月から始まる「へそ曲がり日本美術」も楽しみだ。都美術館での「奇想の系譜展」も行かなくては。トーハクでは東寺の曼荼羅も公開されるし、しばらく日本美術でお腹いっぱいな年になるだろう。そして、己の制作に生かさねばならない。

来日する西洋画で今年の目玉は多分クリムト。それから私の大好きなギュスターヴ・モローも来る。が、その前にパリのモロー美術館で堪能する予定。何せあそこは私が世界一好きな美術館なのだから。

 

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