もしあなたが少しでも、己の中に変態成分があると自覚しているなら、この展覧会を強く薦める。
私の絵画鑑賞歴は長いが、日本美術はここ数年のこと。さらに自分で「ちゃんと」描き始めたのはほんの3年前、つまり画歴はわずか3年弱だ。その間、あらゆる作品、作家にインスピレーションを受けつつ、それを生かすことの出来ない己の技術力の無さに何度も失望してきたが、このように強烈な作品ばかりを並べた展示からものすごいエネルギーを受け取ると開き直れる。そして、久々に鑑賞中に恐ろしく疲労困憊した。又兵衛、蕭白、あんたらのせいだ。
そんな「奇想の系譜展 江戸絵画のミラクルワールド」 at 東京都美術館。
もう2週間も前の話だが、自分の中で消化しきれず今に至る。
日本を代表する美術史家である辻惟雄氏によって日の目を見た「日本絵画のエキセントリック部門」。現在、書店に並ぶ主なカルチャー系雑誌が大々的に特集を組んでいるのでパラパラと立ち読みするだけでもその熱量がわかっていただけるだろう。
公式ウェブサイトはこちら。
数か月前から私は何となく岩佐又兵衛(いわさ またべえ)に呼ばれているような気がしていたのだが、今回、彼の極彩色エログロ絵巻が出ると聞いて非常に楽しみにしていた。信長の幕臣であった彼の父が主君信長に謀反、一族全処刑の生き残りという運命を背負った人である。
本物を見るとその美しく細密な装飾と、情の欠片もない描写に慄然とする。だいたい、実際に又兵衛の美しい母親は処刑されているというのに、どうしてこのような自身のトラウマあるいは傷をさらに抉るような表現が出来たのか。
絵巻の入ったガラスケースの端に「残酷な描写がございます」みたいな注意書きが書かれていたが、例えば地獄絵のようなフィクション的、化け物的残酷描写ではない。
義経のお母さまである常盤御前が盗賊に身ぐるみ剥がされ(恐らくレイプもされ)、その後刺し殺されるという女性であれば胃の底からムカムカしてくるような絵巻である。
その後、義経が盗賊に仇討するという血みどろの人体バラバラ殺戮シーン展開になっていくのだが、表情ひとつとっても又兵衛すごい。彼がプロデュースした祭礼図屏風もあったが、こちらも登場する人間の数だけでもすごい。その一人一人にストーリーを感じるので眺めていると「又兵衛・・・もう許して」となる。又兵衛あんたすごい。最早すごいって語彙しか出て来ない。後期は洛中洛外図屏風が出るって言うし・・・覚悟して行かなければ。
さて又兵衛だけでも目眩がしてくるのだが、変態を自覚する皆さんに特にお薦めしたいのは曽我蕭白(そが しょうはく)。いや、絵師とか画家は古今東西、変態が多いのは確かなんだけれども・・・
現代の私たちの感覚だと、ミニマリズムだとか引き算とかシンプルイズベストとか空気を読むとか断捨離とかまあそういったことが良しとされているが、この人の絵はそれと真逆を行く上に、すべてにおいてやり過ぎで「やべえ」感じなのだ。
まず、この「黒のマッキーで描いたの?」と思ってしまった山水画からして圧倒される。
風流とか風情とかそんなもんは最初から考えてもいない感じがいい。いや、本人は考えていたのかもしれないが・・・日本人的感覚からは逸脱している。
そして、カラー作品になるともっと破壊力が。
署名が下手でデカいのも好感が持てる。自信過剰な人だったに違いない。そこが好き。友達に欲しいタイプ。大御所円山応挙を勝手にライバルとみなし「あいつのは絵じゃない、図だ!」と言い放ったという伝説が(確かにわかる気もする)。
同じ「やり過ぎ」感でも、伊藤若冲のはネチネチしていて嫌だ。友達にしたくない。今回観て改めて思った。若冲の絵は嫌いだ。
蕭白の本物を見たのは今回が初めての体験であったが、上記屏風を含む彼の真骨頂である2作品は後期展示なのでまた行かねばならない。
この熱気、このしつこさ、この品の無さ・・・そこはかとなく感じる狂気も好きだ。どうしたらこのような世界を描き上げることが出来るのだろう。
その後に続く国芳や鈴木其一はもう完全にノーマルである。今回初公開された其一の動物集合絵図は、何だか手塚治虫チックだったし。蕭白の破壊力で他の絵師の皆さん方が普通に見えるという(又兵衛は別格)。国芳はさすがに見慣れているしね。
もうちょっとマイルドにホッとしたい人には長澤芦雪(ながさわろせつ)の動物画がおすすめ。この人は応挙の弟子だったので画力は一流。ただ、師匠路線から見事に外れていることはわかるのでわりとフリーダムな人だったのではないかと想像する。
蘆雪の作品で私が今回ベストだと思うのは、これ。
鑑賞を終えて出口から出てくる人が、皆一様に疲れた顔をしているのが面白い。間違いなく蕭白のよくわからない悪趣味パワーのせいだろう笑。
会場内でも「すげー」とか「やべー」とかそういった声が多く聞こえていた。
今回はそれほど混雑していなかったのですべての作品を間近で鑑賞出来た。墨線がなぜここで一度止まっているのか、とか、そういう細かいところまで想像しながら見るのは楽しい。でも作品が作品だけに、絵の持つ毒をまともに食らう。でも、こういった経験はしょっちゅう出来るものではない。
日本美術と一口に言ってもあらゆるものが存在しているわけだが、私はやはり江戸絵画とエロにもっとも魅力を感じるので、こういった強烈な展覧会はとても嬉しい。