怪談の季節

暑くなると脳みそが自らクールダウンを求めてくるせいか、どうしても怖い話が読みたくなります。

私は基本的にお化けや幽霊の存在は信じていませんが、人間の思いやエネルギーが確かに存在し、何かに作用することもある、ということは信じるほうです。とは言え、お化けが出るようなホラーは大の苦手。「リング」がトラウマになっているせいもありますが、映像では怖くて見られません。

ここ数年で読んだ本の中で一番恐ろしかったのは、岩井志麻子さんの「ぼっけぇ、きょうてぇ」。私が怖いと感じるものがこれでもかと詰まった濃すぎる一冊。

まず表紙が怖い。これは日本画家、甲斐庄楠音の作品「横櫛」。モナリザに影響を受けているとか。私は好きです、この画風。

「ぼっけぇ、きょうてぇ」は4つの短編が収められています。それのどれもが素晴らしく怖い!気分悪くなります。岩井氏は明治〜昭和初期の岡山を舞台にした作品がいくつかあるのですが、この本もそう。そもそも岡山弁のサウンドが怖い。声に出さなくともじっとり湿った感じがして。

表題作の「ぼっけぇ、きょうてぇ」は遊女が客に身の上話を語る、というスタイルなのですが、近現代の日本の禁忌がすべて詰まっているような、陰惨な物語に仕上がっています。情景をイメージしながら読むと理性が持ちこたえられなくて気持ち悪くなりますが、何度読んでも飽きません。傑作です。他の3作品も、土着的な怖さ満載で、田舎の集落を知らない私からすればそれだけで怪談として成立しています。時々スパイスのように使われる「この世のものではないもの」の描写も恐ろしい。川、森、山、海などの自然もまた、忌まわしい。でも、読後は「結局人間ってどうしようもないよね」という絶望感に落ち着くので、一種爽やかな感動があるのもまた事実。岩井氏は西原理恵子氏のお友達ですけべな肉食おばさんかと思っていましたが、この作品を読んで「ちゃんとした作家さんなんだな」と知りました笑。

同じく岩井氏の作品に「夜啼きの森」という、昭和13年の津山30人殺しを題材にした本があります。この作品を読んで津山事件に興味を持ちました。痩せた土地の貧しい村の中で、静かに、でも確実に壊れてゆく主人公。殺戮時のコスプレはインパクト強過ぎてクールとすら思えてくる。そして津山事件と言えば「八つ墓村」ですが、あれは同時にエンターテインメント性も素晴らしかったので、まだ救いがありました。しかしこちらはまったく救いのない物語になっています。描かれている当時の岡山の山側の集落の陰鬱さは半端じゃない。ネットで現在の現場集落の画像を見られますが、現代でも私は絶対に生きていけない場所・・・

数十人の小さな貧しい集落は全員が親戚同士みたいな構成で、血縁者同士の交わりも多いわけですよ。おまけに当時は「夜這い」なんていう因習まであったのだから、それだけでも呪われた血の濃さに生理的な恐怖を感じます。昔の村は怖いですね。

幼い頃は「耳なし芳一」や「雪おんな」に恐怖を感じていましたが、今はそれらの物語にはロマンしか感じません。それは、大人になるにつれて人間の頭の中の闇ほど恐ろしいものはないとわかってきたからだと思います。そして、そこから生まれる負のエネルギーと、その結末が恐ろしい・・・

 

ニーチェの有名な一節を思い出します。

怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。