私は、「アゲインスト・アンチエイジング」派である。それが言葉として正しいのかどうかはさて置き。先日とある化粧品専門店のレジに並んでいる時にふと隣の棚に目をやると「リンクルスムージング」だとか「ブライトなんちゃら」だとか書かれた商品が1万円弱くらいで売られていることにため息が出た。

加齢に対抗するためにウン万も出す価値観は持ち合わせていない。しかも、年々、顔のファンデーションは薄くなっている。シミや皺を隠そう消そうとは思わない。かと言って何もしない「自然派」でもない。スキンケアアイテムは長年自分で調合して作っている。

一方、同じく時間を重ねてきた私の愛車は、と言うと。
しぶとい水垢、大小の傷、ゴム部の傷み、プラスティック部の白濁化、退色してきたシート、理由がよくわからない汚れ・・・5年目に入った今は、さすがに新車の頃の輝きは減る一方だ。戻すことも、増すことももう永遠にない。
しかし、劣化しようが雨風で汚れていようが、私は毎日毎回、自分のクルマに向かう時に「あなたは美しい」と飽きもせず語りかけている。人間の女はしょっちゅう「きれいだね」と褒めていれば実力以上にきれいになると言われているが、同じことが私のルーテシアにも起こっているんじゃないか!?と思ったりもする。

正解はきっとこうだろう。新しい時は美しくて当たり前。私のルーテシアも納車当時の艶やかな美と言ったら・・・はっきり言って無敵であった。
今、経年劣化が目立ち始めた私のルーテシアが未だに美しいのは、それを私が美しいと思っているからに他ならない。

 

人間の女の生き方は鎖骨に出ると思っている。では、クルマの生き方はどこの部分に出るのだろうか。

道路でも「ロクな生き方をしていない」と感じるクルマがたまにいる。車種や古さは関係ない。だが、どうしてそう感じるのかは、自分でもよくわからない。

 

日本はまだ「若ければ若いほどいい」という価値観がしぶとく残っている。私はそれを否定しない。だって古代ギリシャの若者の彫刻などはため息が出るほど美しいのは事実だから。どんな物でもフレッシュな「NEW」という状態は心躍ることには間違いない。だが一方で、時を経たものに対して愛着や美を感じる人々も多く存在する。時を経たものに対してそういった感情を抱く人々は、それに対する知識と教養があってこそだ。真新しくてきれいなものを「美しい」というのは、誰でも出来る。でも、そうじゃないものに対して特別な感情を抱けるのは、知識の他にも美意識や価値観が確立されているからではないか。

・・・と、洗車後、吸水クロスで水を拭き取りながら考えていたのだった。

 

話は変わり。
下の写真は、私がこの世でもっとも好きな「キャドバリー」のミルクチョコレート。世界中で売られている。アメリカ時代に大変世話になった。カナダの土産でもらったが、日本でも輸入品スーパーなら大概どこでも手に入る。ドライフルーツとナッツが練り込まれたものは、時間のない時のランチとしても食べていた。

思えばM&M’sもいつの間にか当たり前に店に並ぶようになった。私が幼い頃は、横須賀のベースに勤めていた叔母がPXで買って来てくれるのを楽しみにしていた。いくら私がフランス好きとは言え、チョコレートに関してはアメリカの一人勝ち。ヨーロッパの名だたるチョコレートはどうも好きになれない。そこの貴方、私はエルメよりハーシーズがいいのです。

(キャラメルはフランスの一人勝ちだけどね)

 

「愛車のエイジング」に4件のコメントがあります
  1. 私はmilkaのチョコが好きですねー。
    日本では売られてないバリエーションをお土産にすることが多いです。

    1. ドイツ製ですね。これも庶民的な(日本で言うと明治あたり?)商品っぽいですな。
      日本で売られていないことはお土産として重要。いくら高級品だとしてもね。

    1. そろそろそんな時期かもしれません・・・
      水垢の水玉模様は見過ごせないレベルになってきました・・・

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