この季節、我が家の玄関先はルーテシアとお花の赤が重なり合って、近所でもひときわド派手な景観になる。そんな我が最愛のルーテシア、2度目の車検に挑んでいる。すでに恋しい。出会ってから丸5年たつ。愛は4年で終わらない(相手が人間の場合はまた違う)。今頃ディーラーの車庫で寂しく眠っているのだろうか。こんな日に限って路上でルージュのルーテシアを2台も見かける。こちとら代車のCAPTUR乗車中。

ルノーのクルマで愛車以外だと、ルーテシア4 R.Sとメガーヌ3 R.Sをそれぞれ試乗程度に運転したことがあるだけ。今回はそれらよりもマイルドな(はずの)ルノーを走らす。

コメントに困るカラーリング

 

コメントに困るスタイリング

ファーストインプレッションは・・・自然な体勢で乗り降り出来る車高。高めの視界で視認性良好。片足だけでStop & Go。穏やかな加減速。片手で飲食可。エアコン素早く作動良好。睡魔を呼び起こすくらいに快適なドライブが可能。
これらはすべて、私がクルマに求めていない要素だということ以外に問題はない。

正直、視界がルーテシアより高くて怖いし、車体も大きくて何となくかったるい。手持ち無沙汰でもある。シートはルーテシア並みに良く、腰が痛い時は運転してるほうが楽ってやつ。
「普通に快適で、人とかぶらないコンパクトSUVが欲しい」という人がいたら薦めるかもしれないが、そんな人は私の周りに元からいない。

おかげで「たとえひとつでも強烈に心躍る要素がないクルマじゃないと惹かれない」という自分の嗜好がよくわかった。でも、せっかくの代車、少し汚れていたので洗ってあげた。洗っても心躍らないカラーリングではあるけど。ああ、私のゼンが恋しい。

担当さんとの対話。
私「どうやってDに入れるんですか?」
担当さん「ルーテシアと同じです・・・あ、AさんのルーテシアはMTでしたね。まずブレーキペダルを踏んでいただいて・・・」

私「エアコンはAUTOってのを押せばいいんですか?」
担当さん「はい、それもルーテシアと同じですよ(^^)」
私「あ、なるほど」(私のルーテシアはマニュアルエアコンなのですが・・・まあいいや)
私のルーテシアがZEN 0.9MTなことを、もはや忘れかけていらっしゃるんだと思う。大好きな担当さんなのでさして問題ではないが、ちょっと寂しい。

 

心がざわつくのはゼンがそばにいないことに加え、アメリカのニュースだったり、仕事がレギュラーに戻りそうで戻らない微妙な感じだったり、紫外線アレルギーがひどいことだったり色々あるのだが、多分、今日はこの絵のせいだ。

 

『赫い陽』

斎藤真一。洋画家。大正時代に岡山生まれ。東京美術学校(現・東京芸大)卒。フランス留学、イタリア旅行と、文字にするとなかなかのエリートコースを歩んだような印象だが、後年彼がライフワークとした瞽女(ごぜ)の絵はなぜこんなにも胸が苦しくなるのか。通常ならエネルギーを感じる赤という色が、この作品ではそうではない。もっと壮絶な何かを発している。呼吸も忘れた。

遊女と言えば吉原がすぐさま思い浮かぶが、もともと遊女とは唄を唄いながら各地を巡業する女芸能者のこと。社会的地位は低いし、売るのは芸だけではない。傀儡(くぐつ)や瞽女にも性的な匂いがつきまとう。白拍子や、古くは巫女など、芸や技能を持つ女に共通することではあるけれど。
三味線の音色と女声の唄は婀娜っぽかったり、色っぽかったり、底抜けに悲しみを湛えていたりする。母親が瞽女の録音テープを持っているそうだ。来年には瞽女の映画も公開されるとのこと。

(映画と言えば名作『愛のコリーダ』で、料理屋の女中兼芸者の定が吉蔵の上にまたがりながら三味線を弾いているシーンがとても可愛くて大好きだ)

私にとってSNSの最大のメリットは、このようにこれまで知らなかった作家、作品に出会えることだ。むしろそのためにアカウントを持っていると言ってもいい。ちなみに斎藤真一は私の好きな映画のひとつである『吉原炎上』の原作者でもあることも今日知った。早速Amazonで画集を。新しく発見したことが、自分の好きなことに繋がると素直に嬉しい。

 

昨年後半から今年前半にかけて、絵を観てむせび泣いたのは今日で3回目。
まず、ここでも何度も触れている阿部清子さんの作品。

『伊邪那岐』『伊邪那美』

 

そして、小早川秋聲。

『國之楯』

 

絵を描く側になると、鑑賞する時はどうしても技法や構図などに注目しがちだが、問答無用に泣いてしまう絵というのはそんなことの前にただただ呆然とする。そして、自分の感情に気づく前に涙が流れている。どうしてなのか理由はいつもあとからやって来るし、理由がわからないこともある。好みの絵ともまた違う。

東京ステーションギャラリーにて展示が始まっている神田日勝のこの作品も非常に嫌な予感がする。自分の中の何かがシンクロしそうで恐ろしい。本物を観に行くべきだ。でも、恐ろしい。いや、観に行かねばならない。

『室内風景』

 

100%感情に訴えてくる強烈な作品というのは、そうしょっちゅう出会えるものではない。いいなと思える作品や、すごいなと思う作品は古今東西そこらじゅうにあるが、心臓の芯が凍るような、地面が崩れていくような感覚に陥る作品は一生にいくつ出会えるのだろうか。

これからもそんな出会いを楽しみに生きたい。