古くなる私の赤いルノー

今月にNEWルーテシアが発売されるという噂は耳に入って来てはいたが、特にチェックするでもなく、関心を持つこともそれほどなく、今日までやり過ごして来た。しかしディーラーからパンフレットが送られて来たので、まじまじとそれを眺めることになった。

ところで、この眼鏡のような物体は、私のNEW老眼鏡である。今風に言えばリーディンググラス。不思議な折り畳み式で、気に入っている。

こんにちは。

レンズも小さいので、本当に「読む」時だけ出番が来る感じ。

話が逸れた。
ディーラーから送られて来た新しいルーテシアのパンフレットをまじまじと眺めた。

色々と便利機能が搭載されているらしいのは理解した。ゼンが受注生産と書いてあるが、MTがあるかどうかは不明だ。恐らくないのだろう。

カラーラインナップ。今でも「ルージュフラム」という色名を見るたびに敏感に反応し、胸が高鳴る。その隣のオレンジは確かにポンジュースよりトロピカーナ濃縮還元という感じだ。ルージュフラムが際立って良い色に見える。というかルノーのオレンジって美しいと思ったことがない。黄色系は美しいのに。ルーテシアの地元パリで圧倒的に多く走っているのはカングーもルーテシアも白で、街並に馴染んでどれも美しく見えた。

他のグレードもチラ見すると、やれレザーシートだのBOSEだのと装備の充実度がアピールされている。

でも、私はそんなもの要らないんだ。美しければいいの。私のルーテシアはまだフォグランプが丸目なので、顔の印象が全然違う。最近は国産車もだけど、顔がきついのばかりになってきた。私もカッコいいのが好きだ。だけど、明らかに他とは一線を画すsomething specialがなければ惚れ込まない。新たな世代のルーテシアに乗り継ぐ可能性はゼロだろう。だた、もし私の周囲でコンパクトなクルマを探している人がいたら、このルーテシアをレコメンドするだろう。

私はルーテシアが初の輸入車だが、輸入車オーナーになるとどうしても母国でのラインナップなども気になるようになる。「どうしてこの車種、この仕様が日本に入って来ないのか」と不満に思う経験をした人もいるだろう。私は完璧なタイミングでゼンと出会えたので不満を持ったことは今までなかったが(ゼンがかなり早く日本での販売終了になった時はえっと思ったけど)、この新しいルーテシアを見てちょっと寂しくなった。でもこれは、きっと古い型のクルマに愛着を持って乗っている人々が必ず通る道なのだろう。自分の愛車の新しいモデル、という存在は。

例えばピアノの上手な男Aと長年付き合っていて、ある日Aよりすべてが1.5倍くらいイケてる新鮮で魅力的な相手Bが現れたとしても、私がAが奏でるピアノの「音」に惚れ込んでいたらBに乗り換えることはないのと同じな感じか?

会社のおじさんが「最近、クルマの塗装が剥がれてきちゃったなあ、ずっと洗車機だからかな」とボヤいていたので、「私、納車以来、一度たりとも洗車機に入れたことないですよ」と言ったら驚かれた。5年以上、ずっと私の手で洗ってきた。だから、そのボディラインも目を閉じていたって思い描ける。

自分の愛車が古くなっていく、という感覚。
今まで味わったことのない、初めての感覚。ちょっと寂しくて、切なくて、愛しさが倍増する感覚。秋の夜だからだろうか。

これは私の愛車ではないが、夜、ルーヴル美術館からぶらぶら歩いて戻る途中の路上で見つけたルージュフラム。わざわざこのクルマを眺めたいがためにカフェに席を取った。もちろん、脳内では自分の愛車だと思って堪能した良き記憶。

古くなる私の赤いルノー” への2件のフィードバック

  1. DRIVER "A" のコメント:

    まさにおっしゃる通りでございます。個人的にぐっと来るのはテールランプ周辺のグラマラスライン。
    拭いてるだけで恍惚感が・・・

  2. Fugu のコメント:

    洗車とはボディラインを愛でる行為である…

    と洗車の時によく思うのです。

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