黄色いメルセデスが泣けてくる理由

あ、ルノー!

ベティはぼくを待っていた。50年代の映画みたいにボンネットに腰かけていた。あの時代にボンネットがどんな状態だったか憶えてないが、別にどうでもいい。あの連中はみんな間抜け面をしていたから、ぼくは個人としてはぜんぜんなつかしくなかった。それより彼女に鉄板に触れてもらいたくなかった。この車はちょっと注意すれば紀元2000年まで持たせられるのだ。

「長く待たせなかったかい?」
「ううん、お尻を暖ためてたの」

(フィリップ・ディジャン 三輪英彦訳 ハヤカワ文庫)

 

ゾルグという男

私の人生ベスト映画トップ5に常にランクインしている「ベティ・ブルー」(1986年 フランス)。

原作はフィリップ・ディジャン「朝、37度2分」。この体温は、女性が妊娠しやすい体温なのだとか。
この原題、とても好きです。ちなみに日本では「愛と激情の日々」という型どおりの副題がついてました。途端に安っぽくなるのでやめてほしい・・・

長きに渡り私の理想の男性は、主人公ゾルグでありました。田舎に引っ込んで配管工を細々と続けながら、本能のままに生きるベティをどこまでも優しく受け止める「迷いのない男」。隠居のような生活をしているのには実は理由があるのですが、ベティの炎のような情熱によってその生活から脱却せざるを得なくなります。

どこまでも徹底的に「優しい」男です。現実にこんな男はいないだろ、ってくらいに。
その優しさは女の僕になり下がって、女を女王様扱いするようなへり下ったものではありません。ベティが奔放過ぎる故にゾルグは常識人にも見えるのですが、その深い優しさは常識をはるかに超えています。

この歳になってもまだ、この映画を見て泣けてくるのはそのせいです。
ありのままを受け入れる、ということは聞こえはいいですが、実際どれだけの人が受け入れているのでしょう。やっぱり、相手に期待したり望んだりしてしまいます。ゾルグのベティに対する気持ちにそんなことは1ミリもありません。文字通り、ありのままを受け入れているんです。他人の「ありのまま」をすべて受け入れて愛せる人は、優しいだけじゃなく、強い人なんだとも思います。

ボンネットに乗っかりたい

私のお気に入りは冒頭の原作引用のシーンです。

ベティとゾルグの対比が印象的

 

 

「お尻をあっためてたの」

 

このシーンにいたく憧れ、こんな風にクルマのボンネットに行儀悪く座って恋人を待ってみたい!!と思った時期もありました。

ですが泣けるほど優しい男ゾルグですら「鉄板に触れて欲しくなかった」と言っているのですから、一般的な男性がそれを許してくれるはずもありません。そして、気づけば時代は薄くて柔いボンネットになり、残念ながら私もこんなポーズが似合う年齢をとっくのとうに過ぎて・・・それでもやっぱりこのシーンが大好きです。彼女がどんな女なのか、このシーンでよく表現されていると思います。ベティはとても魅力的で、不思議な女です。優しいゾルグを受け皿に好き放題に生きているのかと思いきや、ゾルグの才能を神のように崇め尊敬しているんですね。それがあまりにも激しく一途なので、彼女は少しずつ狂っていきます。

 

 興味を持った唯一のメルセデス

私がメルセデスベンツというドイツ車に一瞬だけ興味を持ったのも、この映画が最初で最後。

私も撫でたい!

 

お友達の「走る辞典」Fugupediaによれば「メルセデスベンツ190では?」とのこと。この黄色がかなり印象的ですが、後から塗り直されたのかもしれませんね。ドイツっぽい色じゃないですし。でも、スタイルにとても似合っています。ベティはこのシーンの後、自ら運転して「このクソ車!!」と悪態をつくのですが、当時現代の四角いメルセデスベンツしか知らなかった私は「クラシックなメルセデスって素敵。乗ってみたい」と素直に思いました。

フランス車はピンクに

ムカつくオヤジの愛車にペンキをぶっかけるベティ

 

「派手になっていいでしょ」と言い捨てて去っていきます。黒塗りのクルマとピンクのペンキのコントラストがとても綺麗。
シトロエンのような気がしたのでFugupediaに確認したところ、やはりそうでした。シトロエンDSだそうです。私も一度だけ、ショップさんで実車を見たことがあります。リアタイヤが半分隠れていて、スカートから覗く足のようにエレガント。有名どころでは米ドラマ「ザ・メンタリスト」でサイモン・ベイカー演じる主人公ジェーンが乗っていました。

私はこの映画に出てくるピンクがとても好きなのですが、どこかちょっと懐かしい、それでいてやっぱりフランスっぽいと思える不思議な色。
それは日本で言う「可愛い」というイメージには程遠いピンクでありながら、ちゃんとガーリィでもある。この映画の海辺の夕焼けはオレンジではなく、ピンクから少しずつ紫、紺、濃紺に変わります。

時々、現実の世界でもそんな色合いを見ると、私は黄色いメルセデスとベティの赤いドレスを思い出して泣けてくるのです。

他にも、ガスバーナーで煙草に火をつけるとか、立ったままカフェ・オ・レボウルでズルズル飲む朝の珈琲だとか、郵便物にキスしてからポストに投函するとか、当時の私には「真似したい仕草いっぱい」な映画でもありました。

ちなみにゾルグを演じたジャン=ユーグ・アングラードは「ニキータ」でも同じようなキャラクターを演じていましたね。チャラく見えて懐の深過ぎる男の役が良く似合う俳優さんでした。そして、彼がメルセデスを発見するシーンにルノーのエンブレム、Losangeが見えますね!メルセデスの黄色とリンクしていて印象深いです。

 

 

あ、ルノー!

 


こんな気分の時にこの映画。

理屈とか建前とか世間体とかそんなことはどうでもいいと思いたい
そもそも愛し合うって何だっけ?すっかり忘れている自分に思い出させたい
たまには優しい相手にすべてを委ねて遠慮なく甘えたい
フランスの田舎の美しい情景を楽しみたい