愛は与えるもの/奪うもの

2年くらい前になぜか厚木の小さな映画館で上映されていて、是非観たい!と思いつつ見逃した作品が、アマプラに来ていた。観る時を選びそうな作品だと思っていたので中々観られずにいたが、ついに鑑賞。

『彼女がその名を知らない鳥たち』

蒼井優+阿部サダヲ
監督 白石和彌
原作 沼田まほかる

良きタイトル。
蒼井優ちゃん演じる主人公の十和子は、最初に画面に現れるやいなや、その病んでるぶりを如何なく発揮し、阿部サダヲさん演じる陣治はその暑苦しさとウザさを画面の外にまで振りまいてくる。年の差があるという、この2人の「観ているほうが不愉快になる、でもすごくリアル」な同棲生活を描きながら、十和子が忘れられない昔の男、黒崎(竹野内豊)と、浮気相手というか遊び相手の水島(松坂桃李)との関係が絡む、という物語設定。

まず彼らが住むマンションの室内がすごい。何がすごいって、ひとつひとつ細部までのリアリティがすごい。美術さん良いお仕事。

十和子は働きもせず、陣治が必死に稼いでくるお金で毎日何をするでもなく自堕落に過ごしている。そして、ひたすら尽くそうとする陣治に対して女王様然として振る舞い、昔の男黒崎との日々を思い返しては「どうして私はこんなダメな奴と一緒にいるんだろう」と嫌悪感を隠しもしない。この時点で、大抵のまともな男女は十和子に対して「とにかくすげーイヤな女」という感想を持つだろう。そう思わせる蒼井優ちゃんの演技がスゴイとしか言い様がない。

一方の阿部サダヲ演じる陣治は、とにかく不潔でデリカシーのデの字もなく、ひたすら十和子に尽くしている。それははじめのうちは執着にしか見えない。年下のかわいい恋人を手放したくない、だから何でも言うことをきいてあげる、どんなに罵倒されてもひらすら謝りペコペコするという、情けなさを通り越して滑稽にすら見える。

でも、物語の終わりのほうでは、陣治の思いは執着ではなく純粋過ぎる愛情だと鑑賞者にはわかる。そこでウルっと来るかどうかが、この映画の賛否を分けているような気がする。しかし私がウルっと来たのはまったく別の場面だった。

以下、壮大にネタばれなので、これから観たい方は飛ばして。

 

 

 

「5年前に失踪した」とされている昔の男、黒崎。
十和子が忘れられない男。現在の行きずりの相手である水島もそうだが、羽振りの良いイケメンに出会うとふらーっとついていってしまい、すぐに惚れてしまうという女が十和子。観ているこちらや陣治には、彼らが人間的にもクズ中のクズ、ということが簡単にわかるのだけども、十和子にはそれが見えていない、いや、見ようとしていない。

確かに十和子は病んでいるが、心の中では彼らが本気で自分を好きでないこと、軽く見られて利用されていることをわかっている。しかしそれに蓋をして、私は愛されている、という現実逃避をずっとしているのだ。その蓋が外れた時、彼女は彼らを刺す。イヤな女でひたすらダメ女でもある十和子が彼らを100円ショップの果物ナイフで弱弱しく刺す時、私は泣いた。「そうだよね、悔しいよね、ムカつくよね」と共感してしまったからだ。

これは椎名林檎の隠れたマスターピース『愛妻家の朝食』の世界観そのままで、時々しか帰って来ない夫(または不倫相手の男)にひたすら可愛らしく尽くしている女が、ある時「勝手気儘な嘘を云いました」と我に返り、「もう何も要りません」と男を刺し殺す壮絶な歌である。COBAのアコーディオンが狂気じみていて名曲だ。

だから、主人公十和子の心の闇と痛烈な寂しさみたいなものをキャッチすると、ここで号泣してしまうのだ。

最終シーンの少し前に、十和子と陣治のなれそめの回想シーンが挟まれる。黒崎に殴られて包帯だらけの十和子と、建設会社の社員としてさわやかな清潔感溢れる陣治。十和子の傷が治るにつれて、陣治がどんどん不潔になっていく、というのが恐ろしい。

最後の終わり方は、まあそうなるよね、という感じ。でも陣治の思いは報われないと思う。なぜなら十和子はそういう女じゃないから。そういう意味では後味が悪いっちゃ悪いけど、陣治の復讐だと思えばちょっとは救われる。相手の中に自分を留めておくには相手を殺すか自分が死ぬか、という選択をさせるほどの、それは愛と言うのだろうか。

有島武郎は「愛は惜しみなく奪うもの」と書いた。私もどちらかと言うとそっち派なのだけど、阿部サダヲ演じる陣治を見ていると、与えることで充足する人々のほうがどんな結末であろうと幸せなんじゃなかろうか、と思ってしまった。

ネタばれ終わり。

 

原作の沼田まほかるさんの著作は、『九月が永遠に続けば』を、海外に向かう飛行機の中で読んだ記憶がある。家の書棚を探せばまだどこかにあるだろう。
しかし今回のお話の世界のほうが好きだ。

最後に俳優さん。
蒼井優ちゃんは普段はシュッとした和風美人さんだけど、この映画ではブスだ。時おり妖しい表情を見せるが、基本ブス路線。大阪弁が自然。
阿部サダヲさんは哀しい男だけどどこか滑稽で、一所懸命で、お父さん的。
竹野内豊さんはそりゃイイ男ですよいるだけで(笑)、例え胡散臭くても。反対に松坂桃李くんは実社会にもそこらじゅうにいると思われる「誠実の仮面をつけた薄っぺらいクズ男」を演じていて、皆さんのお芝居が素晴らしかったので、映画としてはとても良い作品。上の予告編で流れるパガニーニのカプリースもぴったり合っている。

これは、年の差の彼女や、娘さんがいるお父さんに感想を聞いてみたい映画。