話題のあれ

正直、韓国という国に今も昔も関心はない。ハングルの見た目と語感が圧倒的にダメだし、コスメもKPOPも韓流ドラマも興味がないし、行きたいと思ったこともない。焼肉は牛カルビしか食べないし。ただ、学校には韓国人の素晴らしい先生もいたし、一部の日本人のように韓国を毛嫌いしているわけではなく、ただ興味が持てないだけだ。関心ならどちらかと言うと北朝鮮のほうがあるかも。わからないことや信じ難い話題がたくさんあるからだ。何より普通に旅行出来ないところだし。

これまで日本人の多くの女性たちがなぜ韓流にハマるのか理解出来なかった。うちの母親も韓流時代劇をよく見ているが、とにかく言語のサウンドが受け付けない。お隣の中国、北京語の響きは美しいので好きなのだけど、ハングルは昔から苦手だ。

私と同じように普段韓流に興味のない親友が、とあるドラマを薦めてきた。泣きたい時には思う存分泣けるから見てみて欲しいとのこと。韓流に興味がなくても見て損はない!くらいまでにレコメンドしてくるので、Netflixで恐る恐る視聴し始めてみた。

そう、『愛の不時着』。

これを見続けていた数日間、私の目はずっと腫れたままだった。繰り返し泣き過ぎて。ああ、私が韓流ドラマで号泣する日がついに来るとは!!

ソウルの実業家である主人公と、北朝鮮の軍人のラブストーリーがメインで、そこにいくつものサイドストーリーが重なっている。例えば韓国から逃げてきた若い詐欺師と、平壌のお嬢様とのラブストーリーも含まれている。舞台設定が設定なので、金とコネで動く軍上層部の腐敗や隠蔽工作が出て来たり、ベタ過ぎるドロドロ家族憎悪劇なんかもあって、とにかくてんこ盛りだった。

今更ロミオとジュリエット設定に私はいちいち泣いたりはしない。どこに泣けるかというと、主人公セリと恋に落ちる北朝鮮の軍人、リ隊長がもはや「絶滅危惧種」な男であることに泣ける。寡黙で、強く、優しく、細やか、部下思い、身長が高くがっしりしているのにスマートという軍服映えするルックス、そして何よりも「俺が俺が」を決して振りかざさない(これが最も重要)。さあもう一度。「俺が俺が」を決して振りかざさない。

主人公セリがこれ以上自分が北にいることで彼に迷惑をかけたくないことから「私、早く南へ帰りたいの!」と涙ながらに強がるのを見て、彼は「それは本心なの?」と聞く。彼女は「本心よ」と強がるのだが、彼は静かに彼女を見つめて「わかった。だから、もう泣かないで」と言う。

「わかった。だからもう泣かないで」って、私にとっては暗殺レベルのセリフ。涙腺決壊レベルMAX。多分、涙腺決壊レベルは各々によってだいぶ違うような気がするし、下手したらこのドラマは常にウルウルしながら見る羽目になる。安堵して涙、切なくて涙、悲しくて涙、楽しくて涙etc 数種類の涙がもれなく流れる仕組みになっている。

上で、「絶滅危惧種」と書いたが、とあるコラムを読んだら彼のような男性像は逆に未来種かもしれない、とも思うようになった。ひと昔前の「男らしさ」は、寡黙で、強く、優しく、権威を振りかざしていた。女のほうも服従と引き換えに庇護と衣食住などを与えられていた。しかし時代は変わった。このドラマは、主人公に都会でバリバリ稼ぐ起業家を据えたことがまず素晴らしかった。相当にタフな女性像になっている。だから、現代の女性たちが感情移入出来るのだろう。そして、そんな女性たちが理想としているのが「寡黙で、強く、優しく、信念のブレない、決して『俺が俺が』を振りかざさない男」なのだと思う。とは言っても、何でもハイハイと言うことを聞く男じゃない。女を女王様やお姫様扱いするのとも違う。

「こんな出来た男いないだろ」と思って見てはいけない。見ているこちらも彼の魅力にどっぷりと浸からなければこのドラマは楽しめない。

最初はハングルの響きが気持ち悪かったが、見ているうちに耳が慣れてきた。それでもやはりこの言語は好きになれないし、クライマックスでどっかーんと歌が入るオペラのような演出にも辟易はするが、それを差し引いても面白かった。最後のほうはあまりにも完璧過ぎる言動とそのカッコ良さに腹立たしさすら覚えた。

そして何より、「身長と肩幅は正義」。男性にとって「おっぱいは正義」であるのと同様だ。身長が高く(当然、足も長い)肩幅と背中が広いのに、全体的にスラっとしている。バランスがひたすら美しい。だから、軍服やスーツが恐ろしく似合う。韓国の男優さんは色白のツルンとした優男というイメージだったが、このドラマは主人公のリ隊長は当然として、後半に出てくる黒スーツで決めた韓国側の捜査員の人々も漏れなく「正義」だった。美し過ぎて私は涙した。

実際の脱北者に取材したということもあってか、北朝鮮の様子が興味深い。もちろんフィクションだし舞台設定なのだけど、何も知らないよりはイメージの取っ掛かりとして良い。軍事境界線の緊張感や、地雷原、平壌の都会っぷり、山間の舎宅村など、あんな感じなのかな?と想像することは出来る。マンションの内装なども、ヨーロッパの旧社会主義圏のアパートの部屋などとかぶるので、よく出来ていると思ったし、市場に韓国の商品がこっそり売られていたりするのもいかにもありそうだ。だから、ドラマ全体で見ると、前半の北朝鮮パートのほうがワクワク感があって面白い。

タイトルの通り、不時着によって北へ来てしまったという発端ゆえ(不法入国だし)、主人公や周囲の人々の行き着く先がどうなるのか予想もつかず、久々に続きを早く見たいと思ったドラマだった。ラストは私にとってはベストの終わり方。あれでいいと思う。

近いのに遠い場所。
物理的に遥か遠い場所よりも、すぐ近くなのに遠い場所のほうが絶望感があるのはなぜだろう。

とにかく泣きまくった数日。世の女性たちがこのドラマにはまっている理由を身をもって体験させてもらった。現実逃避したい時に今もっとも出来のいいドラマだと思う。