久々にホテルでぐうたらしてきた。

自分以外の人間をほとんど見かけず、極端にメニューの種類が減っているだろうと思われるルームサーヴィスで食事を済ませ、ジムにも行かず、およそ24時間くらいの滞在。何かを得たわけでもないし、楽しかったわけでもない。

デッサン用具とか持参すれば良かったのだが、そこまで頭が回らず、結局アマゾンプライムで映画を観たり、来週提出のレポートの下書きをしたりして過ごした。

唐突に「怪談」なのは、今回私が観た映画のタイトルがまさに『怪談』だからだ。

皆さんは怪談と聞くとどんな話を思い浮かべるのだろう。私は怪談が好きだが、現代のそれではなく、昔話や伝承の類が好き。
『雪おんな』と『耳なし芳一』は私の中でもツートップを張っている。絵本や原作を未だに愛読しているくらい好きだ。このツートップが含まれる実写映画として作られたのが『怪談』(1965年)なのであった。

現代アート作品を見るような凝ったオープニングから引き込まれる。音楽は世界のTAKEMITSU。そしてセットがすごい。現代のCGや画像処理に慣れた目でも、その仰々しさとコストの掛け具合で目を見張る。リアルさではなく、叙情性やドラマ性を主体として見れば素晴らしい。そして若き日の仲代達矢さんがイケメン過ぎる。スクリーン映えするイケメンって、今はあまり思いつかない。

『怪談』だが、怖くはない。ひたすら映像美を堪能し、じっとりした幻想に酔いしれるための映画だと思った。

『雪おんな』も『耳なし芳一』もメジャーな話なので知らない人はいないと思うけれど、私がこの話を好きなのは、湿った色気をそこはかとなく感じるからだ。
『雪おんな』は登場早々、年老いた茂吉を殺す。しかし、そばにいた若い巳吉には「あなたは若くて美少年だから殺さない」と言って去ってしまう。女として正直過ぎるだろ、と思う。息を吹きかけて凍死させるというやり方も風情があって色っぽい。怨恨ではなさそうなので快楽殺人だ。そして、数年後に偶然を装ってシレッと巳吉の妻の座に収まるあたり、手練手管を感じる。そのくせ、巳吉が約束を破っても子供たちの行く末を案じて彼を殺さないという情の深さも持ち合わせた、魅力的な女性だ。むしろ彼女に去られた巳吉がかわいそうで泣けてくる。

『耳なし芳一』は、盲目の芳一に聞こえる平家の亡霊の音、つまり甲冑の音や衣擦れの音、そしてすすり泣く声・・・が何とも色っぽい。身体中に(耳以外)お経を書くというのもいいし、琵琶の音色自体がどこか悲しくて、怒りを湛えているようにも聞こえる。濃紺の闇夜、海に沈んだ平家の人々を弔った墓場の中心で、鬼火に囲まれながら琵琶を弾き語るという絵は何とも美しい。そして、一応はハッピーエンドなので安心して平家の亡霊世界に没頭出来る。

私は鎌倉育ちなので、小学校で強制的に学ばさせられる鎌倉の歴史において、源頼朝とその周辺に関しては暗記しなくてもいいほどに叩き込まれる。例えば原爆投下が日本とアメリカでは一般的に見方が違うように、源平の話も上方とこちらでは恐らく違うのだろう。頼朝は驕れる平家を打ち破り、ここ鎌倉で武士の政権を確立した偉い人、と教わる。源氏が正義と言わんばかりに。一方、当時の自分とさほど年齢が変わらない安徳天皇が入水して死ぬというインパクトは絶大だった。しかし大人になって色々な知識が身につくと、敵将の平知盛のほうがよっぽど魅力的じゃないか?と気付いたりもする。今現在、私の頼朝のイメージは政治手腕は優れているが人間的に嫌な奴、だ。だから、芳一が耳にする平家の亡霊の音がなおさらロマンティックに思えるのであった。

日本には昔話や伝承の他にも歴史的怨霊や、江戸のポップな有名お化け(四谷怪談など)、情念で化ける女(道成寺、雨月物語など)とか、とにかく魅力的な異形のものたちが多い。そうでなくともだいたい山奥とか人里離れたところにいるワケアリの女というのは美人だし、狐が化けるのも美人だ。それにまんまと騙されたりして逃げたり殺されたりする男にとってはファムファタール的な魅力があるのだろう。クラシックな女のお化けは美しい。西洋で繰り返し描かれたサロメやユーディットなどと同じで、日本の女のお化けは表現者にとってはミューズだったのではないか(民俗学系のコースだったらこれを卒論にしたかも?)。

そんな素晴らしいアート映画『怪談』を観たのは、かつての赤坂プリンスホテル跡に建てられたザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町。プリンスホテルと言うと私の世代ではすでに終わった感が強いが、今回泊まったここは気合が入りまくっていた。江戸時代には紀州徳川家の中屋敷があった場所だそうだ(紀尾井町の紀)。

内装が明るい基調なのは私にとてはマイナス。スタッフの接客はとても感じがいい。車寄せに鎮座しているのは赤いアウディと白いメルセデス(ジープみたいなやつ)、ガンメタっぽい色したポルシェ。車種まではわからない。
食事はメニューの選択肢が限られている割にはかなり強気なお値段で、クオリティは普通。眺望は良い。

夜、ベッドで寝ずにこのソファみたいなとこに横になってみた。
空中を浮遊しているような心地良さを感じることが出来る。ただ、高所恐怖症なので下を見てはいけない。ニューオータニのタワー棟がちょい邪魔だが、あっちが先なので仕方あるまい。ちなみに赤プリは行ったことがなかった。東京事変の歌でしか知らない。一つか二つ上の世代の人々には実際に思い出があるかもしれないが。
窓の正面には赤坂御所の緑、国立競技場などが見える。大学のキャンパスは木々で見えず。

室内のコントロールはすべてタブレットで行う。照明の調光ひとつとっても、自分が望む状態にするまでタップを繰り返す羽目に。嬉しいのは昨今のホテルはBT スピーカーが設置されていること。聞きたい音楽を部屋中に行き渡らせることが出来る。今回は今の気分なヘヴィメタルを。

夜景Ver。
六本木や東京タワー側のほうがきれいだったかもしれない。それにしても六本木のリッツ・カールトンはいつもドヤ顔で天空近くに鎮座している。周囲に遮るものがないため、この周辺だとどこからでも見えるのだ。パリでいうところのサクレクール寺院のように。コストを掛けてもいいから美しい眺望を手に入れたい人には強くお薦めしたい。天候にもよるけど。

本来ならオリンピックという世界的イベントが行われたはずの東京は、人もクルマもずっと少なくて、ビルの灯りだけが瞬いている不思議な静けさだった。