前略、フランシス・レイ様

今夕、ニュースであなたがお亡くなりになられたことを知りました。
あなたの名前を心の中で反芻する時、私の脳裏には決まって若き日のジャン=ルイがステアリングを握る真っ赤なFord Mustangが再生されるのです。

初めてあの映画をビデオで観たのはまだ10代の小娘の頃。あなたの音楽が甘美に、時には激情を伴って耳に響く数々のシーンから多くのことを学び、多くの影響を受けました。今でも私にとって「大人」のイメージはあの映画の主人公2人、つまりジャン=ルイとアヌークが演じたあのカップルの姿そのものなのです。そして、あなたの音楽がともにありました。

赤いオープンカー。気怠そうな煙草の吸い方。ル・マンのレース。襟がファーの重厚なコート。ワイパーの刻む音。心地よい沈黙。ドゥーヴィルの寂れた風景。大切な存在を失った悲しみ、そして新しい情熱への期待と抑制・・・大人の恋とは何て素敵で官能的なのだろうと。

夜のエッフェル塔をバックにした、「愛と哀しみのボレロ」でのジョルジュ・ドンのこの世のものとは思えない美しさも忘れられません。幼い頃大切にしていた、バレリーナが舞うオルゴールから流れてくる「ある愛の詩」のメロディも、私という人間を形成する上でなくてはならないものだったと思います。

あれから長い年月がたち、私の人生にも様々なドラマがありましたが、今でもあなたのメロディを口ずさむたびに「自分自身が憧れた大人になれているだろうか?」と自問せずにはいられません。

あなたの音楽は永遠です。どうぞ安らかに。

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