クルマで巡らない『ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演』

ルーテシア友達のお勤め先がオーストリア関係だということで、早くからウィーンフィル来日公演の情報は得ていたのだが、当初のプログラムにあまり興味を惹かれなかったのと、何と言ってもチケット代がネックになり、スルーしていた。まして、軒並み海外アーティストたちの公演が中止になっているこのご時世、本当に来日するのかどうかもあやしかったので長い間、完全に他人ごとであった。

よく見るとマンションポエムみたいな変なキャッチコピーがついてるね

来日決定がこれでもかと引き伸ばされた挙句にチケット再販のニュースを受け、ふとプログラムをチェックするとプロコフィエフ作曲のピアノ協奏曲第2番がクレジットされているではないか!! 演奏者はロシアのパワー系、マツーエフ(以下マッちゃんと呼ぶ)。これは生で聴かねばならない!と、まずは安いチケットからトライしたが撃沈。とにかくチケットを確保したい一心で、サントリーホールのA席をゲットした。改めてプログラムを確認すると、オールロシアプログラムのようだ。ロシア人指揮者だからこれは期待大。

当日は朝からそわそわ仕事にならない。
溜池山王駅からホールに向かうであろう人の流れに混じって歩いていると、少しずつ緊張してくる。前回ここに来たのは一体いつだったか。あれから世界は変わった。

ウィーンフィルを生で聴くのは初体験だ。
これまで海外のオーケストラで一番衝撃を受けたのは、アメリカのフィラデルフィア管弦楽団だった。「人が奏でているのに音がデジタルだ!!!」と思った。次にニューヨークフィル。だから、欧州の、と言うより世界最高峰と言われるオケは生ではどう聴こえるのがワクワクが止まらない状態で席に着く。

もっと後ろかと思っていたけど、決して悪くない眺望

指揮者はロシアのゲルギエフ氏。当初はティーレマン?だったはずだがいつ変わったんだろう。指揮台は使わず。彼、すごくスタイルがいい。67歳とは思えない。動画で見るよりずっとスタイリッシュだ。気が漲っているのだろうか、スッとした体形で音楽を紡ぎ出す指揮者というのはカッコいいものだ。指揮者はルックスも重要。ピアニストは横顔が重要。一方、楽団には女性も入団出来るようになったせいか、思っていたよりも見た目も華やかだ。礼服ではなかったことも大きい。しかも遠目で見る限り、イケメンが多いのは気のせいか。今回の来日は演奏会以外は皆さんホテルに缶詰らしいので気の毒ではあるが、時期が時期なだけに仕方あるまい。ウィーンもコロナやテロで東京より殺伐としているのではないだろうか。ちなみに意外にも私はまだウィーンというかオーストリアへ行ったことがない。絵画だとクリムトの知名度が高いか。クルマ関係だとポルシェ博士かな。

スタインウェイのフルコンサートピアノがステージに登場しただけで感極まる。ソロリサイタルもいいが、オケの中のピアノというのもまた格別なのだ。ピアノ万歳!!

演奏順は前後するが、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番から書いておこう。
この作品は全4楽章からなり、最初から最後まで悲劇と狂気と破滅が混じったような曲が続く。素人からすると、相当に難曲なのではないかと思う。私の思い入れのあるピアコンのひとつでもあるが、あまりコンサートでやらないので、生で聴ける機会自体が貴重。このために高いチケットを衝動買いしたのだ。特に第1楽章の美しい、それでいて救いのない旋律、長いピアノのカデンツァ、その後にとどめを刺されるオケ全体の大音量、と盛りだくさん過ぎて、すでに私は泣いていた。

楽章が進むにつれて、美しさは影を潜め、狂気と軽薄とヴァイオレンスの世界になってくるところも好きだ。どこをどう切り取っても「うっとり美しい」というシーンがない。マッちゃんは鍵盤をぶっ壊しそうな勢いで音を叩き出し続け、すべてを破壊し尽くした重機の如く終わった。なかなかに楽しそうな人である。

彼は見た目もそうだが演奏もロシア重機を思わせる(ホテルでは暇なのか、インスタにホテルの食事動画とかUPしていたりしてカワイイところもある)。私の好みの演奏では全然ないのだが、このパワーが逆にこの作品を別の意味で感慨深いものにさせてくれた。ピアノの音が怒号に聴こえてくる。そしてそれに潰されないウィーンフィルの音よ。ピアコンを聴いてオケのほうに感動したのは初めてだ。

マッちゃんのアンコールは『ペールギュント』から『山の魔王の宮殿にて』。マッちゃん、あんたが山の魔王だよ。この曲を聴くと私はいつもヘッドバンギングしたくなる。

そして、オケのみのプログラムは、同じプロコフィエフの『ロメオとジュリエットより』。それから同じくロシアもので、チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』。アンコールに同じくチャイコの『眠りの森の美女から パノラマ』。

ロミジュリが演奏会の冒頭だったため、まずその音の層の厚みにびっくりする。文字通りのけぞってしまった。特に金管の音がすごい。

腹に来る。

そして、低音楽器たちの音!ひと昔前に大黒PAに群がっていた、でっかいスピーカー積んだ奴らも真っ青の「生」の音だ。これぞグルーヴ。

上述のピアコンの後、休憩を挟んで後半のチャイコフスキー  交響曲第6番『悲愴』。
なんか曰く付きの曲なんだよねこれ。誰もが一度は耳にしたことがあるであろうメロディが随所に登場するが、最後はゆっくり息を引き取って地面に消えるように終わる。昨日はコロナの犠牲者に捧ぐとアナウンスがあり、曲の終了後に黙祷が入り、そのおかげで余韻を思う存分楽しめた(フライング拍手も無し)。この作品は好きな人が多いと聞く。私は特に思い入れはないが、チャイコフスキー 自身の人生と重なって重苦しい。

オケのアンコールは世界がパッと変わって『眠りの森の美女』から。
元バレエ少女である私は、チャイコの3大バレエの中では眠りが一番好きだったので、それをウィーンフィルの音で聴けるなどとは夢のようだった。
『悲愴』の悲壮感を浄化させるような、優しく繊細な弦の音が心に染み入る。翌日になっても頭の中でずっと鳴っていたくらい。全曲聴きたい。

全体を通して、音の層が何層にもなって押し寄せてくる感じであった。そのひとつひとつにすべて違う色が着彩されており、それがところどころで混色されたり分離されたりしながら迫ってくるイメージだ。私にとってウィーンフィルの音とはそんな音だった。鮮やかなデジタル画ではなく肉筆画という感じ。ただ、想像していた音よりも若々しい印象を持った。もっと老練した音を出すのかと思っていたのだけど。

私は「全員が上手だけど音の厚みのないフラットな感じ」のオケよりも、南米のオケのような「みんなが同じレベルで上手じゃないことで生まれる音の豊かさ」を感じるオケのほうが好みなのだが、ウィーンフィルは「全員がとてつもなく上手だから生まれる音の豊かさ」という、いいとこ取りだった。

幸せな気持ちで会場を後にしたが、ちょっと酸欠気味になっており頭痛が発症。座れて帰れてラッキーだった。

それにしてもゲルギエフ、生で見るとかなり好みのタイプだ笑。

次のサントリーホールは来月、かてぃんこと角野隼斗くんのソロピアノリサイタルで来る。これもチケットは5分で完売という狭き門で何とか確保した貴重な公演。この日、彼も聴きに来ていたらしい。いつかプロコフィエフを弾いてくれないだろうか。

「クルマで巡らない『ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団来日公演』」に2件のコメントがあります
  1. 歌謡曲しか聴かない私でも彼らのお正月のニューイヤーコンサートの放送は観ます!予想の遥か上をいく想像を絶するレベルだったようで安心しました。笑 テレビでは絶対伝えきれないものが現場には沢山あるのでしょうね。男性はディレクタースーツ姿がとても似合っていてイケメンですし女性は黒いスーツが似合っていて素敵で見た目にもホレボレします。チケットはお高い上入手困難なようですが私もそのうち行ってみたいです。

    1. ひろさん、以前教えて頂いたパッシングの方法で、パッシング出来るようになりました!ありがとうございます。

      ウィーンフィルと言えばニューイヤーコンサートですね。お茶の間で楽しめる演奏会の代表格です。
      確かにチケットは思い切りが必要な価格なのですが、普段クラシックを聞き慣れている私ですらも「これが世界の音か!」と驚愕しました。
      お薦め致します。

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