クルマで巡らないクリムト展

みんな大好きグスティ。場所は東京都美術館。相変わらず苦手な美術館だ。しかし海外の巨匠は大抵ここにやって来る。

今年はオーストリアとの記念年らしく、これもその一環として企画されたようだ。入館待ち時間はおよそ10分とのこと。

グスタフ・クリムトと言えば私の印象は「ハゲの女好き」または「女好きのハゲ」。誤解なきように言っておくと、私はハゲが嫌いなわけではない、むしろ好きだ。だが、どちらかと言うと全ハゲのほうが好みである。私の自室は2階にあるが、斜め前に住まうご夫婦の旦那様が時おり立派な〇ラウンを洗車しに外へ出てらっしゃる。私と同年代くらいで背の高い方だが、2階の私の部屋からは頭頂部がクリムト風でいらっしゃることがよく見える。ああ、いっそ全部剃られたら素敵なのに・・・私が奥さんだったらそうアドバイスするのに・・・と、いつも歯がゆい。

そして、「昔は好きだったけど今はそうでもない」カテゴリに属する画家の一人でもある。つまり、決して嫌いではないが特に好きでもなく、といったところだ。しかし今回は下書きやらスケッチやらも数枚出ると聞き、さらに「クリムトフィギュア」なるものがショップに売っていると聞き、それらを目当てに出掛けて来た。

こういった展覧会でいつも思うのは、人の多さに始まり、人の多さに終わるということ。海外や地方で美術館へ行ったことのある人ならわかると思うが、人の頭越しにしか作品が見えないというのは相当なストレスだ。行列の出来る人気画家の作品、例えば今回のクリムトやフェルメール、ダ・ヴィンチクラスであっても、海外でここまで混雑しているのはあり得ない。しかも海外はほとんど撮影OKなので、自分と名画の2ショットも撮れる。私はクリムトの地元であるウィーンは未訪だが、ニューヨークのメトロポリタン美術館で誰もいない部屋で彼の作品と対峙したことがある。ゆえに今回もわざわざ人の頭越しに無理して観るほどの情熱はなかった。

彼がああいった作風に走る前に書いた肖像画などは、驚くほど凡庸であった。作者が誰か特定出来ないほどの「ありがちな上手な絵」というだけで、それは以前観たムンクの初期の作品にも言えることだ。興味深い。巨匠たちも普通に描けば普通に上手く、そして特徴がない。だが、さすがクリムト、スケッチなどの鉛筆の細い線はやはりすごいと思った。スーッと簡単に薄い線を引いてるだけなのだが、女体が浮かび上がって見える。陰影などつけていない以前の状態なのに、一体、私の描く線と何が違うのだろう、とまじまじと見つめてしまった。

有難いことに、こういう下書き系の作品(作品ではないが)は、キラキラ系の作品に比べて人が少ないので、ゆっくり観られるのだ。

解説によると、クリムトは生涯独身であったが、わかっているだけで14人の子供がいるという。女好きなことは作品からも伝わってくるが、きっとマメな男だったのね。マメな男はモテる。まあ、世紀末ウィーンでの正しい芸術家の姿と言えなくもない。彼の書いたラブレターなんかも展示してあったが、己の個人的な手紙をこうして後世で公開、展示されるなどとかなり赤っ恥だと思うのだが、本人はあながち悪い気はしないのかもしれない。

お目当てのクリムトフィギュアを買ってきた。トレードマークのスモックのせいか、堕落した聖職者にも見える・・・やはり頭部が気になるが。

背後のダンディなお方はドラクロワさま、隣はパリ中世美術館の一角獣

 

絵そのものよりも、私は額縁などの装飾性のほうに興味が走った。額縁も含めてひとつの作品と捉えることは大事だ。クリムトはそこらへんはとても考えていたようで、彼のただでさえ装飾的な絵画を唯一のものにしているのは額縁の印象も大きい。

今回の目玉で、チラシの図案にもなっているユーディットは私の大好きなモチーフではあるが、クリムトヴァージョンはあまり好きではない。
私にとって世界で一番好きな西洋画がやはりユーディットを描いている絵(by クリストファノ・アッローリ)なので、どうしても比較してしまう。

うーん、顔がだめ。この表情を官能的と思う人もいるようだが私にはそう感じられない。右下に男(ホルフェルネス)の生首があるのだが、これがイマイチ存在感がない。胸あたりの衣装の透け感はさすがエッチいと思うけど。

他に気になったのは、解説が半ば無理やり「日本との共通点」を強調していること。金を多用しているせいか、江戸絵画を思い浮かべる人も確かにいるかもしれない。クリムト自身も日本の絵や工芸品をコレクションしていたそうだから参考にはしたかもしれないが、私の中では少なくともクリムトの作品と江戸絵画は繋がったことはない。

まぁ、きっとクリムトの作品を本気で見るならウィーンで見るべきなのだろう、と思った。

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