クルマで巡らない岸田劉生展

親友と八重洲地下街にてインドカレー。お互い誕生日が近いので誕生会も兼ねて昼を共にした。その後、煙草の吸える喫茶店を挟んで、駅の反対側、丸の内にある東京ステーションギャラリーへ向かう。

 

実は、この美術館には初めて来た。
なかなか雰囲気がいい。煉瓦剥き出しの内装は重厚感があって、空間サイズも個人的に鑑賞しやすいものだった。

目的はこの人。

岸田劉生没後90年Retrospective。

きしだりゅうせい。その名は知らなくとも、皆さん一度は「麗子像」を目にしたことがあるだろう。

モナ・リザと張り合えると思う

 

岸田劉生は麗子嬢のパパであり、画家である。

実は恥ずかしながら私自身も岸田劉生=麗子像、という印象しかなく、今回は彼が他にどのような絵を残しているのか非常に興味があったので鑑賞へ。

結論から言えば、今年訪れたどの展覧会をも凌ぐ内容の濃さと感情の揺さぶりを受けた。衝撃的ですらあった。劉生!あんた最高だよ!!と喝采を送りたい。

何がそんなに私の琴線に触れたかと言うと、まず彼は自由の人だ。ある様式から、ぽん、と捨てて次の様式へと向かう。興味の赴くままに。だから、彼の画風は次々と変化していく。例えばこんな風に。

※画像は今回の展覧会の図録より

1913年。

1年後。

1914年。

そのまた1年後。

1915年。

 

さらに、

1922年。墨だ!

 

1924年。絹本だ!!

 

水彩画から始まり、印象派っぽい画風から写実に向かい、写実を極めたと思ったら日本画へシフトチェンジをし、中国画にも影響を受け・・・・また油絵に。

展覧会は年代順に作品が並べられていたので、その変化がわかりやすく、同じ画家が描いたとは思えないヴァリエーションであった。インクで描かれた聖書の世界があったかと思えば、賛を入れた掛軸や、応挙ばりの野菜の写生まで・・・いやはや。

そして、特筆すべきことは肖像画が多かったこと。それも男性の肖像画である!しかもその殆どが、和装である。私にとって得しかない。
彼は自画像も数多く残しているのだが、自室へやって来た友人たちを片っ端からモデルにして描いていた時期があったようで、私は異様に興奮した。男性画家が描く作品に登場するのは圧倒的に女性が多い。どんなジャンルでもそうだ。なので、男性を描くことを目標としている私には、素晴らしく刺激的で魅力的な作品ばかりであった。

やはり人物も写真を見ながらではなく、その人を目の前にして描かなければ。ああ、私も早くマスターしなければ。

一方、愛娘・麗子も色々なヴァージョンがあり、劉生パパの溺愛ぶりがよく伝わってくる。洋服を着せてみたり、お花を持たせてみたり・・・とにかく可愛くって仕方なかったのだろう。見ているこちらも、最初はどちらかと言うと不気味な印象であった麗子像も、愛らしい生き物に見えてくる。言うなれば、手のひらに乗せたくなる愛くるしさ。ちなみに会場に貼られたポスターに描かれているのは5歳の頃の麗子だ。こちらは写実で描かれており、有名な「麗子」スタイルとはかけ離れている。

そんな画家・岸田劉生は1891年銀座に生まれ、1929年山口県に死す。享年38。

・・・38歳!?
私はあまりの衝撃に卒倒するかと思った。38年の人生のうち、17歳から本格的に描き始めたとすれば実質たった21年の画家人生。この短期間にこれだけの画風の変遷と技術の飛躍を遂げていることが凄すぎてぐぅの音も出ない。しかも彼は画学校などで専門教育を受けていない。独学からスタートしたのだ。私は激しく落ち込んだ。一体自分は何をやって来たのか。すでに劉生より長く生きているにも関わらず、ここまで情熱や魂を燃やして何かに没頭し続けたことが今まであったか。濃く短い人生が目の前に展開すると圧倒される。劉生だってきっとまだまだ道半ばだと思っていたに違いない。特にヨーロッパには行ってみたかっただろう。南満州鉄道の招きで渡航した満州で体調不良を起こし、そのまま帰国、そして亡くなった。

麗子のパパはどんな絵を描いていたのだろう〜、と好奇心から訪れた展覧会であったが、見事に打ちのめされて帰ってきた。自分自身の人生についてまで憂慮する事態になろうとは・・・しかし、彼の残した多くの自画像は私に前向きな勇気も与えてくれたことは間違いない。最初は過去の技法や巨匠たちの模倣で描いてみたらいい。そうするうちに自分なりの描き方、表現が見つかるさ。まあ好きに描けよ。そう言われているようで。

私はやはり人間を描いた作品が好きだ。見つめていると、モデルと画家のエネルギーをまともに食らって恐ろしく疲弊する。それでも人間の絵が好きだ。

帰宅してからは、今回買い求めた図録ばかり眺めている。彼は当然風景画も上手で見応えがあるが、やはり肖像画。洋画家とも日本画家とも呼べるスーパーハイブリッドでありながら、そんなカテゴライズは無意味だと言わんばかりの作品群。「岸田劉生の画」は「岸田劉生の画」でしかない凄さ。私にとっては間違いなく巨匠だ。

彼に関する書物なども今後読んでいきたい。今、気になる男ナンバーワンである。

しばらくは劉生ショックから立ち直れそうにない。