クルマで巡らない肉筆浮世絵名品展

その日、休日だと言うのに朝早く目が覚めた。

初日を迎える「肉筆浮世絵展」へ出掛けるのに、興奮して早く起きてしまった。浮世絵から日本美術の世界へ入ったという話は何度もしているが、中でも浮世絵師たちが実際に描いた絵=肉筆、は絶対に見逃せないのだ。だいたい、美術展初日に出向くなど滅多にないことだが、今回は特別。

ということで、太田美術館で開幕した「開館40周年記念 太田記念美術館所蔵 肉筆浮世絵名品展 歌麿、北斎、応為」にGO!

 

この小さな美術館は大好きだが、行くのに少々躊躇う場所にあるのもまた事実。表参道の尋常じゃない人波をかき分けて行かなければならないのは結構なストレスなのだ。しかし、今回はそうも言っていられず、どしどし歩いて行く。

初日なだけに、いつもより若干混んでいる。
しかし、昨年「フェルメール展」であり得ない混雑とおよそ美術鑑賞には程遠い最低最悪な体験をしたせいで、こんな程度では混雑とは言えない。
ここは浮世絵専門の美術館なので、外国人の鑑賞者も多い。

私が特に好きな絵師は挙げたらキリがないが、ざっくりと歌麿、清長、北斎、お栄ちゃん、広重、清親あたりなので、彼らの肉筆画を一堂に見られる機会は中々ない。

今回の発見は、菱川師宣。
彼はあの「見返り美人図」で有名だが、彼の画の美しいことこの上なし。丁寧でフラットな着彩、優雅な薄い線、細やかな仕事をする人だったことがよくわかる。

それから、チラシのカバーにもなっている念願のお栄ちゃん(葛飾応為)の夜の吉原もしっかり鑑賞出来た。映画「北斎漫画」のインパクトが強すぎて、今でも私の中でお栄ちゃんは若かりし日頃の田中裕子さんである。
夜の表現者としては超一流。今回、その表現技法を間近で見ることが出来て興奮。うーん、線とぼかしをマスターしたものが日本画を制す、と実感した。
夜と言えば小林清親の夜の両国橋もマスターピースだ。彼の時代はすでに明治に入っているので、光の表現がもう少しくっきりしている。ロマンチック過ぎて何時間でも眺めていられる絵だ。欲しい・・・

 

歌麿の美人画は想像通りの華やかさで眼福だったし、清長の長身美人も、広重の風景画もすべてがタイトル通り名品揃いであった。昔は当然のことながら着物を着ているわけであり、その着物の表現というのは現代では中々トライする機会がない。シンプルな人物表現と反比例するように着物の描き込みはどの絵師もすごい。

そして、私の感動ポイントと言えば画だけでなく落款(署名)。
浮世絵は印刷物だが、肉筆画は一点モノ。絵師の落款をまじまじと眺めると、美術史でしか知らない彼らの存在がぐっと身近に感じられて「おぉ!ちゃんと鳥居清長って書いてあるじゃぅぅぅ~!!」と人目も憚らず興奮してしまう。
元祖ロリ絵師、鈴木春信の署名は美しい楷書で書かれていた。ちょっと意外。

雪の表現や、薄墨の使い方、髪の生え際の表現など、学べることがとても多く(実行出来るかはまた別)、美術館を出る頃には集中し過ぎて疲労困憊だった。実は太田美術館へ行く前に根津美術館にも寄ったのだが、そこで見たものはすべてぶっ飛んだ。すみません。

浮世絵と言うと当時は消費されるメディアであり、大衆文化が生み出したものには違いない。しかし今でも歴史に名を残す浮世絵師であった彼らは、間違いなく超一流の画家でもあったことを再認識した。

巨匠たちの名品に囲まれた幸せな時間。ブラヴォー江戸!

線とぼかし。
線とぼかし。
呪文のように繰り返し唱えながら帰路についた。