世界で最も有名な日本人画家は誰でしょう。
恐らくそれは葛飾北斎ではないでしょうか。
そして、同じく世界で一番有名な日本の絵は、北斎の「神奈川沖浪裏」だと思います。
好みの振り幅が極端に狭い私でも、この絵は文句なしにマスターピースだと感じます。「いいですか?構図は大事!!」という大学の先生の言葉が脳裏に聞こえてきます笑。
もともと風景画はそれほど興味がないのですが、例外的に北斎の「富嶽三十六景」や歌川広重の「江戸百景」などは見入ってしまう作品が多くて大好きです。
先日、NHKで北斎の娘「お栄」を主人公にしたドラマを放映していました。宮崎あおいちゃん演じるお栄はちょっと上品過ぎた感があります。松田龍平演じる善次郎(絵師 渓斎英泉)は恐らく実物もあんな感じだったんだろうなぁ、なんて妄想しちゃいました。
今回話題にする映画は「北斎漫画」(1981年 日本 新藤兼人監督作品)です。
私は北斎と聞くとどうしても「富士山」より「タコ」が思い浮かんでしまういけない女ですが、この映画の中でもちゃんと?再現されていました。以前行った春画展でもこの絵の前にはものすごーい人だかりが出来ていました。インパクトが強烈過ぎる!!
タコの話はいいとして、私がこの映画をとっても好きな理由は、田中裕子さん演じる北斎の娘「お栄」がとっても可愛らしいからです。可愛いと言っても今風の可愛らしさではなく、ものすごく下世話なんですけど大人の事情をよくわかっている早熟な娘であり、父親の一番の理解者だったことがわかります。よく知られた画号は「応為(おうい)」、これは父北斎がいつも彼女に「おーい」と呼びかけていたから、らしい。彼女の作品は「江戸のレンブラント」と何かの解説に書いてあったのを見ましたが、灯の描き方が本当に素晴らしいんですよね。私も夜の描写が好みなので、彼女の灯りの入れ方、描き方を目を凝らして研究していますが、なかなかどうにも難しい。
ドラマではお栄は善次郎に想いを寄せているように描かれていましたが、他の小説などでも描かれているので親しい仲であったことは事実なのでしょう。お栄は美しいとは言い難い外見をしていたそうですが、善次郎のほうは色男だったようです。次回取り上げる予定の「駆け出し男と駆け込み女」にも、ちょこっと善次郎こと渓斎 英泉が登場します。
しかしこの「北斎漫画」ではそういったロマンスは一切描かれていません。お栄は北斎とともに年を取っていきます。映画の中では北斎19歳の時の子供と言ってますから、どっちも老人になっちゃうんですよね。偉大な絵師であった父のサポート業務、そして生活に困った時には二人で唐辛子を売って歩いたり、傍ら自らも筆をとって制作・・・この親子からは生命力しか感じません。そして、その生命力=エネルギーが長生きの秘訣なんだと思います。絵は存在の継続の芸術。常に生ものの音楽や一瞬を切り取る写真とはまた違います。音楽家は刹那的なイメージが先行しちゃうんですけど、画家はしぶとく長生き!って感じるのはそこなのかもしれません。継続して創作活動をするには多大なエネルギーが必要ですし、時間的空間的制約が何らない絵はすべてが自分の頭の中で生まれる、すべてが途方もなく自由なんですよね。
先日鑑賞したアラーキーもそうですけど、老いてなお盛ん。病ですら糧にさらに前に進むそのエネルギー。感嘆ものです。
北斎と馬琴の妙な友情もおかしく描かれていました。憎まれ口の影で本当は北斎を応援したい馬琴さん。映画の中では自分の金を持って蔦谷重三郎に北斎の絵を出版して欲しいと頼みに行くシーンもありました。口うるさい年上女房の婿として下駄屋で働く一方、女房の目を盗みながら戯作を執筆している彼はやがて「南総里見八犬伝」という江戸の大ヒット作を世に出すことになります。
情熱を燃やせることがひとつでもあるかないかで人生の豊かさは違ってくるのではないかと思います。でも、情熱を燃やすことはエネルギーを使うことでもありますから生易しいことじゃありません。北斎は天井知らずな情熱を持っていたように感じます。
ちなみに私が一番好きな北斎の作品は、肉筆で夜鷹の後ろ姿を描いたこちら。
底辺の女性への優しい眼差しと粋な空気感を持つ筆致がミックスされていて、いつまで眺めていても飽きません。
この秋は北斎メインの展覧会などもありますので、皆さんも是非、北斎のエネルギーを作品から感じてみて欲しいです。