自転車の鍵に泣く

是枝裕和監督。ついにカンヌでパルムドール獲りましたね!!おめでとうございます。
「誰も知らない」の時は最優秀男優賞だったかな、柳楽優弥くんが最年少で受賞しました。あの時は確かクエンティン・タランティーノが審査委員長だったことを覚えています。今回の作品「万引き家族」はリリー・フランキーさんと安藤サクラさんというキャスティングも楽しみ。審査委員長はケイト・ブランシェットだったようですね。

ところで是枝監督と言えば・・・生涯忘れられない作品があります。私の故郷を舞台にした「海街diary」じゃないですよ笑。

 

 

 

 

「幻の光」(平成7年)

浅野忠信、江角マキ子主演。是枝監督の長編デビュー作品。原作は宮本輝。

心にずっしりと、そしてやり切れない痛みで気がつくと目から水分が流れ落ちる、というような映画。

子供が生まれたばかりのヒロイン(江角)は、尼崎のオンボロアパートの一室で慣れない育児の日々。幼馴染の夫(浅野忠信)は毎日自転車で工房へ働きに行き、毎日ちゃんと帰って来る。貧乏だけど愛のあるささやかな暮らし。でもある日の夜、夫が帰ってくる代わりに警察が彼女の元へ訪れます。「身元不明の轢死体から、こんなものが出て来ましてね」それは千切れた給与明細。「この会社でまだ帰宅していないのは、おたくのご主人だけです」

「電車の運転士の話によると、ご主人は線路の真ん中を進行方向に向かって歩いていたそうです。クラクションを鳴らしても振り返らずに」

その日以来、ヒロインの中には重い重い闇が訪れます。「なぜ死んだのか」「なぜレールの真ん中をまっすぐ歩いていたのか」という、永遠に答えが出ない疑問を抱え続ける。そのうち彼女は人の世話で能登半島の漁師の後妻として再婚することになり、新しい夫(内藤剛志)と共に少しずつ幸せな生活が訪れます。それでも、死んだ夫が乗っていた自転車の鍵を取り出してはその鈴をチリンと鳴らし、もう2度と帰ってこない夫に向かって問い続ける。そして、「自分がどうにかしていれば夫は死ななかったのではないか」と自分自身も静かに責め続けます。

私は15年以上前にこの映画を一人で観て、自ら命を絶つ人もそうじゃない人も、「人間には誰にもわからない心の闇が横たわっている」ということを考えさせられました。よくテレビなどのコメントで「あんないい子が信じられない」とか「とても死んでしまうような人じゃなかったのに」という周囲の声がありますけど、私たちも含めて人間が他人に見せている姿などその人のほんの一部でしかない。スポットライトが当たっている部分より、当たっていない部分のほうが多いのと同じ。「心の闇」ということを考えると真っ先にこの映画が浮かんで来て、私は激しく落ち込みます。そして残念なことに、私たちは他人の心の闇は見過ごしがちです。たとえ気づいたとしても、多くの場合無力です。どんなに近しい人であっても。

いつもと変わらず愛する人の元から出かけて行き、ある時、永遠に帰らないことを自ら選んだ人たちのことを思います。

映画作品としては、尼崎のモノクロームのような色合いと、天然色のような穏やかな能登半島の映像の美しさ、そして音楽(あまりにも素晴らしくてサントラを買ったはいいが、聞くと泣くから中々聞けない)、淡々とした俳優さんたちの演技が自然で素晴らしく、ゆえにまるで自分が当事者になったような気になる痛切な作品です。主人公が幼少期を過ごしたトンネル長屋のシーンや、ボケてしまって行方不明になる祖母のエピソードも暗い影を落とします。原作はもっと暗いんですが。

是枝監督の名前を拝見するたびにこの映画のことが思い出され、私自身も過去に近しかった人があまり良くない消え方をした経験があるので、それを思い出して辛い気持ちになってしまうんですけど、大好きな映画であることは変わりません。