夢から醒めることは不幸なのだろうか

アリアドネ、と言えば。クラシック音楽ファンならR・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」を思いつくでしょうか。アリアドネはギリシャ神話に登場する女神というか女性で、惚れた男(テーセウス)を迷宮から救い出したというエピソードがあります。

この印象的な名前の人物が登場する映画、

インセプション INCEPTION (クリストファー・ノーラン監督作品 2010年 アメリカ)

 

この予告編を観てもサッパリ内容がわからないでしょう(笑)。

SFがちょびっと苦手な私でも、そしてノーラン作品のバットマンシリーズもイマイチだった私でもこの映画は大好き。その理由は圧倒的な映像美と夢のような(実際に夢なのですが)舞台設定。その映像を堪能したいがために初めて買ったブルーレイ作品でもあります。

今私たちが生きているこの瞬間が果たして「現実」なのかは誰にもわからない。もしや私は長い夢の中にいるのではないだろうか。そんな妄想を誰もが一度はしたことがあると思います。広く言えば時間軸を飛び越えたりする「時をかける少女」なんかもそうですね。私たちは夢を見たいのです。特に現実逃避したい時には。

この物語はタイムパラドックスやタイムリープものではありません。現実はひとつの軸上にあります。しかし物語自体は複雑に入り組んでいて、わかりやすく言えば私たちが普段使うPCのファイルの階層のようになっており、今どこで起きていることを我々は観ているのか、という通常の映画ではあまり感じない疑問を抱きつつ、鑑賞することになります。ルールがあちこちに散りばめられており、何度観ても新たな発見がある映画。

この映画の着想はアルゼンチンの作家J.L.ボルヘスの作品から得ているとのことですが、奇遇なことについ先日大学のレポートでボルヘスを書いたばかり。映画のビジュアルから受ける印象はエッシャーの絵のほうが近い感覚ですね。

私が好きなシーンは主に3つ。
設計士であるアリアドネが主人公コブにパリの街並みをひっくり返して見せるシーン。もう!!初めて観た時は心が震えました。鏡が次々割れていくシーンはこれまでいくつもの映画に登場してきたここ、ビラケム橋。私ももちろん行ってきましたよ。

高架下は自転車道路になってるんですね

アリアドネ、彼女の役どころを考えると名実一致していると思います。主人公コブが抱えるトラウマに気づくのも彼女。

 

上にメトロが走ってます。エッフェル塔も見えます

 

そしてジャポンが舞台のシーンも。東京都内と、新幹線が茶畑を走り抜けて行く映像。富士川近辺ですかね。
日本の美しい風景を象徴するようなシーンであり、当然リアルなんだけど極めて非現実的な印象を受けます。「僕は京都で降りるよ」という主人公のセリフもありました。

最後は、有名な無重力バトルのシーン。

CGじゃないのがスゴイ

 

公開当時は「頭の中からアイデアを盗み出す」というテーマだと思わされていましたが、実際は「夢を使ってターゲットの潜在意識に思考を植え付ける」お話です。ターゲットの幼い頃の記憶やトラウマをも使用して、操作していく。潜在意識の変化という点は現実でもよく言われることですが(特に自己啓発系において)、他人がそこに侵入するという点がこの映画の魅力でもあります。さらにターゲットもスパイに対して意識の武装化の訓練を受けているので、意識同士の戦いが勃発したり。肝心な時に誰かの記憶や意識が邪魔をしたり。そのせいでミッションはなかなか完遂されず、あらゆるアクシデントが起こるのですが、我々鑑賞者はその道程をたっぷり楽しむことが出来ます。私はけっこうホロリときたシーンもありました。

ラストシーンは観る人によって感想が真っ二つに分かれていますね。そもそもそれは現実なのか。それともそうではないのか。どちらが主人公にとって幸せなのだろうか。
鑑賞後に一緒に観た人と議論し合うのも楽しい映画だと思います。

重厚な音楽はご存知ハンス・ジマー。印象的に使われるシャンソンはエディット・ピアフ。音楽にもちょっとした仕掛けが使われています。
観れば観るほどハマっていく稀有な映画であり、それは噛めば噛むほど味わい深いビーフジャーキーみたいだとも言えます。

役者さんではTom Hardyが文句無しのカッコ良さ。特にアフリカのシーンは惚れ惚れします。世界のken Watanabeもなかなかの存在感。

主人公のレオさんは・・・やっぱり彼の最高傑作は「ギルバート・グレイプ」で演じた知的障がいの少年だと思います。ジョニー・デップの弟役だったんですよね。初めて観た時は本当に知的障がいの子を連れて来たのだと思ってましたよ。その後あの「タイタニック」で大ブレイクしましたが、この役を観るとあんな大衆映画で演技力を無駄遣いじゃん、と思ってしまいますね。それにしてもオッサンになったなぁ。

J.デップもキワモノじゃなくて、こういう役のほうが素敵です

 

寝る前に「次に目覚めた時、私はどこにいるのだろうか、果たして存在しているのだろうか、そもそも目覚めなかったらどうなるのか」なんていう妄想をついついしてしまう、そんな作品。そういう意味では悪夢的かもしれませんね。意識の中の壮大で美しい世界観を楽しむだけでもじゅうぶんに魅力的な映画です。