赤い自転車が走る

最近うちの母のお気に入りは綾野剛らしい。

ちなみに亡き父は私が生まれるまで舞台俳優だったし、母も人形劇をやってた舞台人であったので、母はお芝居にはけっこううるさいのだ。
とは言っても彼女は基本、イケメンが好きだ。昔で言う「二枚目」ってやつ。映画でも、歌舞伎でも、とにかく二枚目が好き。
しかし、ただの二枚目ではなく、芝居の上手い二枚目が最高なのだと。
(ただし大根役者であったアラン・ドロンも好きだったというから謎だ)

それはわかる気がする。
例えば妻夫木聡はただのイケメン俳優だと思っていたが、「悪人」を観たら私の中の評価が変わったし。

綾野剛は私の担当美容師のお兄ちゃんに似ている。だからあの顔には親近感がある。
母の推しである彼の演技、若手俳優の筆頭みたいな菅田将暉、そして日本のコン・リーと私が密に呼んでいる池脇千鶴が観たくて、そして予告編を観ただけでもうこれは私が好きな映画の類だとわかったので、アマゾンプライムで本編を鑑賞した。

「そこのみにて光輝く」2014年 日本 R15+

 

ある事故の自責の念から仕事を辞め、ダラダラと無職生活をしている主人公、達夫(綾野)。パチンコ屋で知り合った天真爛漫な拓児(菅田)と、彼の姉、千夏(池脇)。舞台は夏の函館。

ラブシーンで泣いたのっていつ以来だろう?
胸が締め付けられるというのはこういうことを言うのだと感じた。気が付くとじんわり涙で画面が見えない。ラブシーンと書くと甘い感じだが、甘さなどどこにもない。
美しくもない。なのに何かをぎゅーっとしたくなる。

そして、それ以上にえぐられたのが菅田将暉演じる拓児。酔っぱらって人を刺し、仮釈放中の若者。へらへらした見た目も性格もアホ丸出しと思いきや、祭りのシーンで見せる目つきの変化は「菅田くん、すげー」の一言。彼の存在がこの映画における私の涙腺決壊装置だった。彼の穢れの無さが。主役2人の恋よりもずっと。彼がどこへ行くにも乗っている赤いママチャリが、色のない函館の町の中で強烈なインパクト。

閉鎖された世界で生きる貧困家族に、外から来た他人が関わって世界が変化していく、という意味では、日本版「ギルバート・グレイプ」とも言える雰囲気もあるが(あの映画もジョニデやレオ様がただのイケメンではないことを実証した感がある)私は日本人なのでこういう映画のほうがストンと入ってくる。しかし、ラストシーンは「果たして世界は変化したのか?」という疑問を残してくれる。とてもいいところで終わらせてくれたと思う。

池脇千鶴ちゃんはとても可愛いのに、どうしてああも「あか抜けていない魅力」で観ているこちらをノックアウトするのか。女の私からしてもほっぺや太腿が眩し過ぎる。「パーマネント野ばら」でもダメ男に振られまくるダメ女子を演じていてとても好きだった。

原作は「海炭市叙景」の佐藤泰志。41歳で命を絶っているので、もうこの世にはいない。私、この本のタイトルだけは知っていたが未読、映画もまだ未見。そのタイトルから受ける印象が重くて読んだらしばらくは落ち込みそうな気がして。でも、落ち込むだけではない力を持った本だと今回確信したので、ブックリストに仲間入りさせた。

映像と音楽と芝居。このどれもが私のストライクゾーンだったので、今周囲に薦めたい映画ナンバー1かもしれない。

義眼の火野正平さんにも痺れた。劇中で乗ってるクルマは好かんけど。クルマと言えば千夏の不倫相手である造園屋の社長(男闘呼組の高橋くん)が乗っているのは左ハンドルのメルセデスだけど、いかにも田舎の土建屋の社長が乗りそうな恥ずかしげもないクルマで、そこは良かった。

でもやっぱりね、この映画は赤い自転車に尽きる。