近くて遠い東南アジアのお話

大雨の夜、ルーテシア仲間とタイ北部料理店へ行ってきました。

どちらかと言うとスパイス系が苦手な私でも、調合の妙で美味しく頂けました。辛さもありましたが限界を超えるほどのものはオーダーしなかったので、最後まで楽しめました。そう、スパイスは塩梅が大事!

ひとつずつお料理が登場。まるでタイ時間

異国料理を食べながら異国の話をするのは食卓の定番です。ルーテシア乗りは国内外問わず旅好きが多いので、旅の話や旅に使う乗り物の話は盛り上がります。久々に深夜特急の話題などが出て懐かしく思いました。

アメリカやヨーロッパではもはや「カルチャーショック」なんていう言葉は死語になりつつあり、いちいち驚くこともほとんどありません。先進国の都市はどこも似たり寄ったりになってきています。未だにカルチャーショックを受けるのは中国か東南アジアの大きくない都市くらいなものでしょうか。まだアフリカや中南米、ミドルイーストは行ったことがないのでわかりませんが。

タイと言えば・・・記憶が蘇ります。
当時エネルギーに満ち溢れた若い私は、シンガポールを最終目的地とした所持金10万円の旅をしており(シンガポールには当時の恋人がおり、彼如何によってはシンガポールで就職しようと考えていたため片道チケットであった)、成田からマニラ経由でバンコクへ入り、そこからタイ最南部のハジャイへ移動し、マレー半島縦断バスに乗る、という計画でした。

ハジャイ(ハートヤイ)は結構エキサイティングだった記憶が

 

なぜマニラ経由だったのか。最安チケットだったからです(パキスタン航空)。

バンコクに着いたのは真夜中で、宿の予約もしておらず、適当な白タクを選んで「高くないエアコン付きのホテルへ行ってくれ」とざっくり頼んだところ、一応まともそうなホテルへ連れて行ってくれました。お湯は出なかったけどエアコンもあったし。
何でアジアのエアコンってあんなうるさいんでしょうね。日本のが優秀なんでしょうか。
翌朝、フロントのお姉ちゃんに長距離バスのことを伝えて色々教えてもらい、その日は一日バンコク散策をして、翌日ハジャイへ向けて旅立つことにしました。このお姉ちゃんがとても愛らしく、こりゃ日本人男性はタイの女の子に夢中になるわな、と思ったものです。

バンコクでは寺院巡りを少し。あらゆる誘いを振り切りましたが、とてもレイバンの似合うお兄さんに出会って。英語の通訳ガイドさんだったので、彼に寺院のガイドをお願いしました。かなり無駄遣いだったかもしれない。

翌日にバスでハジャイまで移動し、マレー半島縦断のバスに乗り込んだのでした。日本人とおぼしき人種は私1人。タイ人らしきおばちゃんが「あなたは色が白くて目立つから、奥のほうの席にいたほうがいいわ」と言ってくれたことを覚えています。

そのバスは普通の大型バスですが、途中で農村地帯に入って行ったかと思うと民家の家の前に停まり、そこから交代要員の運転手が乗り込んできたり(自宅まで迎えに行くのかよ!?)、途中休憩の怪しいレストランではアラブ風の男にしつこく声をかけられたり、今では考えられないチャレンジングの旅でした。国境を超える時だけは凛々しい役人がバスの中と乗客のパスポートを厳しくチェックするので緊張感が走りましたけど、今思えば緩くて贅沢な時間。トラックの荷台にこれでもかと積まれた?女工さんたちの姿や、造花を売りに来る幼い少女たち・・・初めて遭遇すると動揺してしまいます。若かったからこそ出来た旅。

その後の私はシンガポールに4週間滞在していたのですが(一度マレーシアに徒歩で出て、またシンガポールに戻って2週間延長のビザをもらう、という手法)、初東南アジアは色々な意味で強烈な体験でした。中国では何かあるとまず笑ってしまうのですが、東南アジアでは色々考え込んでしまうシーンも多くて。

シンガポールは快適で退屈な街で、3日目にはもう飽きていました。
彼氏が仕事の間は紀伊国屋で日本の文庫を買い、カフェなどで読書をしたり、リトルインディアやアラビアなどの移民街を散策したり、現地で友達になったカフェのボーイさんと遊んだり。夜はクラブ通い三昧。贅沢っちゃあ贅沢な時間でしたね。英語が通じると言っても、シングリッシュは難易度高いです。彼氏の同郷の友達にも何人か会いましたが(彼は英国人)、アジアのなれの果てで英語教師なんかやってる西洋人はほぼ廃人化してましたね。

で、その彼とはどうなったんだって?シンガポールにてすったもんだの末、お別れしましたよ。
今思えばあれは私の人生の前半において、重大なターニングポイントでした。

 

時を経て、昨年には久々の東南アジアであるベトナムはフエにリゾートしに行ってきましたが、

虫やカエルの鳴き声さえも詩的に聞こえる

 

雨ばかりでとてもロマンティックな時間でした。朽ち果てた王宮跡である紫禁城(北京のミニチュア版みたいな)も詩的でしたし、今もたくさんの爪痕を残す戦火の名残も暗い気持ちになりました。

 

雨がどうしようもなく似合う廃墟

水田に佇む三角帽子の人々を見ると、なんかこう「じーん」とくるものがあって。ベトナムはまた行きたいなぁと思っています。まだハノイやホーチミンシティは行っていないので。人々も親切でしたしね。

ベトナムと言えばそう!大好きなM.デュラスの「ラ・マン」。あの本は若い私に多大な影響を与えましたが、当時の雰囲気を残すエリアはまだあるのだろうか・・・
映画化もされましたが、ただのエロ映画となっています。でも当時のインドシナの雰囲気を堪能するには良い作品でした。次に行ったらアオザイ作ってもらおうと思います。ベトナム珈琲は意外とイケましたよ。

ランタンの町ホイアンにも行きたし

 

まだまだアジアも行ってみたいところがたくさん残っており、死ぬまでに行けるかなって感じです。ビーチリゾートはまったく興味がないので、歴史的背景や文化遺産のある街がターゲットですけど、そういった要素が激しくミックスされているトルコやギリシャ、モロッコやイスラエルも行きたいしなぁ。

そして日本でも尾道再訪したいし、高野山も行ってみたいしなぁ、

と旅の欲望は果てしなく続きます・・・

 

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カテゴリー: LIFE

近くて遠い東南アジアのお話” への2件のフィードバック

  1. DRIVER "A" のコメント:

    アオザイ憧れなんですよね。チャイナドレスよりは現実味が(笑)。
    私の周囲だけでも数人タイにはまってる男性がいますよ。タイの女の子に失恋した人もいますし。可愛くって甲斐甲斐しいんだそうです。

  2. HIRO@ のコメント:

    アオザイ絶対似合うと思いますよ~

    日本人男性ってタイの女性好きなんですか?

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