クルマで巡らない彩の国さいたま芸術劇場

今回は美術館ではなく、劇場です。彩の国さいたま芸術劇場(埼玉県さいたま市)に行ってきました。

 

南関東に住む私からすれば、長らく「近いようで遠い場所」である埼玉。なぜこんなにも遠く感じるのか。それはきっと用事がないからに他なりません。
クルマだと圏央道が開通したことによって行きやすくなりましたし、JRだって上野東京ラインや湘南新宿ラインで簡単に訪れることが出来ますが、やはり用事がなければチョイスに上がってこないところでした。

私は少女の頃バレエを習っていたこともあり、バレエを観るのは大好き。海外ではパリ・オペラ座、ベジャール・バレエ・ローザンヌが2大アイドル。国内では東京バレエ団、そしてマイベストカンパニーは新潟に拠点を置く「Noism」。大バレエ団ではなく、少数精鋭で大バレエ団を凌ぐ表現を、その美しい肢体と動きで観る者を虜にします。今回、彼らの新作が上演されることもあり、埼玉まで足を伸ばしました。

 

 

私の地元からは、長旅ではありますが乗り換え無しで赤羽まで、そこから埼京線に乗り換えて与野本町へ。そこで親友と待ち合わせをして、劇場へ向かいます。
与野本町の駅もその周辺も、「こんなところに劇場が!?」という雰囲気。静かな住宅街が広がっています。でも、歩道に埋め込まれたシェイクスピアの引用や、俳優さんたちの手形などがずらりと並んでいるところなどは、劇場の街という感じがします。

ちょっと華やかさには欠ける劇場ですが、座席はとても見やすく、大きさもちょうどいい感じ。

 

憧れのために死ぬのではない 死にながら憧れるのだ

作品は2つ。前半は「Painted Desert」というタイトルの作品です。真っ白な空間に真っ白な衣装を身に着けた舞踊家たち。男女、男男、女女、女男、そして孤独、集団。様々な繋がりを変化させながら、歓喜、絶望、官能、怒り、戸惑い、そういった感情を白い砂漠へ色として落とし込んでいく、というように思えました。私はあの中の誰なのだろう?ずっとそんな思いで観ていました。体のキレ、隙のない動き、爪の先端まで行き届いた表現力、圧倒的な技術力。相変わらず国内トップレベルのカンパニーであると再認識しました。

 

後半はワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」の音楽から「Liebestod-愛の死」と題された作品。
正直、ワーグナーはあまり好きではありません。彼の音楽に感動したことはありませんし、あの尊大な感じがどうしても好きになれず。ワーグナーが好きという男は、多くの場合「男である」ということに執着しているような印象もあって、どちらかと言うと苦手な作曲家です。

この作品は男女で踊る前半(前奏曲)、女だけの後半(愛の死)に分かれているのですが、結論として自分でもびっくりするほど号泣してしまいました。

舞台は、大きな金色の布が天井から下がっているだけ。そこへ白い衣装の「末期の男」「歓喜の女」が登場します。前半はまるで古典作品のパ・ドゥ・ドゥを観ているかのような、軽やかで喜びに満ちた美しい踊りです。男への愛を惜しみなく表現する女。そして、彼女の愛を受け止めてはいるのに、ずっと苦悩の表情をしたままの男。その対比が素晴らしく、そして不穏な空気を醸し出していました。そして男は倒れ、金色の向こう=届かない死の世界へ消えて行ってしまいます。女はしばらく彼が消えてしまったことに気づかず、愛することの喜びを前半と変わらず踊りあげているのですが(まるで彼がそこにいるかのように)、ふと、彼がもういないことに気づくんですね。はい、今こうして思い出して書きながら、私はまた泣いています。

愛する者が消えてしまった。その喪失感と理不尽な悔しさ、怒り、哀しみ。金森穣の振り付けの凄さをダイレクトに感じて、もうどうすることも出来ない状態。

女は最後に金色の布を取り去り、その中で静かに終わります。そこには男らしきシルエットが浮かび上がり、まるで彫刻のよう。そこで2人はまた一緒になれたんだな、と安堵すると同時に、女もまた「向こう側」へ行ってしまった、という想像も出来、とにかく涙が止まりませんでした。あちこちから鼻をすする音が聞こえ、私の周囲の女性はみんな泣いてましたね。たった20分の作品、たった2人しか出て来ないシンプルな作品であるにも関わらず、これだけの女性たちに涙を流させることが出来る=感情をあふれさせることが出来る、最高に素晴らしい芸術作品でした。私は一生、忘れないと思います。

Noism

埼玉でこんな忘れ難い体験をしたので、埼玉の印象がだいぶ改善されました。

与野本町の駅周辺には飲食店がほとんどなかったため、帰りやすい赤羽まで戻りました。赤羽も初めて降り立ちましたが、楽しい場所ですね。飲み屋街はゴタゴタしているのに危険さを感じなくて、人はすごく多いのに渋谷あたりの不快な多さではなくて、とても居心地が良かったです。忘れ難い体験を分かち合った親友と、賑やかなフレンチビストロでうるうるしながら語り合いました。やっぱりバレエは同性の友達と観るに限ります。